現状を見つめると未来が見えてくる
35~6年も、小さいながら、
会社の経営をやっていると、悩む事ばかりです。
悩まなくていい時なんて、この経営者歴の中で、
ほんの一瞬であり、そんなときは、力いっぱいバカをやってきました。.
そしてまたそれをやった事で違った悩みを抱えたものです。
だから、一生悩み続ける人生を送り続けなければならないようです。
私は、凡人に毛が生えたような凡人でしかありません。
経済学者でもありません。大学だって工学部機械工学科卒ですが、
経営学オンチです。
えらそうな事はいえませんが、数限りやった失敗だけは、沢山あるので
経験値だけは高いので色々と失敗の中から得た
「偏った、また穿ったような 話」
だけは、できる様に思います。
自慢するような事ではないですよね(ToT)/~~~
今日のタイトル・・・・「現状を見つめると未来が見えてくる。」
世界恐慌に突入したばかりの日本ですが、
本当に一生懸命、冷静に現状を見つめて、
過去と比較をし、自分が目指すものの
再確認をすれば、おのずと、これからやらなければいけないことや、
本当にそれをやりたいのか?
ぼやけた夢の世界なのか?
はっきりと見えてくると思います。
会社の方向性にしても、絶対それを今やらなければいけないのか?
方向性は違うが、チョット寄り道をして新しい資金源を確保し、
落ち着いてからもとの進路に舵を取りなおせるのかetc.
こんな簡単なことで解決できるような時代じゃないですよね。
だから尚更に原点回帰だと思うのです。
過去を振り返ると今(現状)が見えてくる。
だから、現在と過去 2つを足して2で割ると近未来が見えてくるような気がします。
このようなことをえらそうに若い連中に時々しゃべったりした事などを
これからも書いていきますので、
「お前、それは違うよ。こんな風に考えるのが正しいんじゃないか・・・etc.」
アドバイスを下さい。
宜しく御願いしますm(__)m
JAVIER ( ハビエル)
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同じ土俵ではなく自分の土俵で勝負すればいい!!
現在、長男が同じような立場に立っているようです。
跡継ぎをして最初の難関にぶつかっています。
少し慣れたかなぁ!と思っていたら大変な不況に
遭遇ですからかわいそうな感じがします。
新店舗を立ち上げ、順調にきていたかなぁ!
と思っていたら、いきなりこの不況ですから、資金繰りも大変です。
いつだったか、彼が私に言いました。
「偉大な父の後を追うのは大変だ!」と。
「偉大でもなく、ただのおっさんだよ。」
「後を追うから大変なので、先を行けばいい。。
新しい、自分に合った道を見つけて、それを太い道にすればいい。」
少しずつ・少しずつ・・・あせらず一歩ずつ階段を上がっていけば、と答えました。
同じ土俵で勝負しようとするから大変なので、同じ仕事であっても
自分がやりやすい方法に作り変え、自分の土俵をを作って、そこで勝負すればいい。
ポコ ア ポコ [POCO A POCO] スペイン語で少しずつという意味です。
必ず先が見えてくると思います(*^_^*)
私の通称名は、スペイン語で JAVIER (ハビエル)といいます。愛称は、ハービーです。
これからも、息子とのやり取りや、いろんな人との出会いの中で感じたことを、
書いていきたいと思っています。
P/Cにはまだまだ不慣れで、勉強しながら頑張って100回以上は・・・
いや300回以上は続けて行きたいと思っています。
応援宜しく御願いします。
JAVIER
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経歴・経歴
1971年に、父がやっていた織物工場へ入社。次の年に結婚。
それから、波乱万丈の人生を生き延びてきました。
中小零細企業の地盤の弱さをいやというほど味わってきました。
それと同時に、身の軽さで、いろんな事に挑戦をする事ができたのは、
苦し紛れでやってきた事ながら、今となっては、実に楽しかった!!こと?
でも実際は、本当に死にたいと思ったことは1度や2度ぐらいでは有りませんでした。
勿論時流に乗ったときもあり、我が世の春を謳歌して、足を踏み外した事もありました。
『略歴です』
織物会社
納豆製作販売
繊維関係の準備工場
現在のジャングル喫茶立ち上げ、弟夫婦が実務担当
繊維会社が火事にあい会社を消失・閉社
弟夫婦が、コンピューター関連の別会社設立する事になりジャングル喫茶の実務・経営担当する事に
新港の工業地区へ県の斡旋で「花屋と工場緑地管理事務所」設立 福井支店として進出する
隣地のコンビにから土地建物の買い取り希望があり売却
地元へ戻って貸し植木と緑地管理部門を再併設
1998年地元のショッピングモールに新しい形の飲食店を立ち上げ、長男に任せる
元自社の社員がニューヨークで展開していたヤキイモの店がセプテンバーイレブンの関係でアメリカを離れなければならなくなり身元を引き受ける
2003年地元のショッピングモール売り上げ不振で退店
2004年南船橋に「ビビットスクエアー」のオープンと同時にニューヨークスタイルヤキイモの店を元社員と一緒にオープン
2005年ビビットの売上少なすぎで退店。その後その会社閉鎖。保証人で1年以上苦しむ。
昨年福井市内にジャングル喫茶の2号店を設立・
長男が担当そして組織を有限会社から
株式会社に変更、長男を代表取締役にし、
平取締役に降格。次男が参画、本店の店長として現在に至る。
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今日ブログデビューです
28歳の年に、父親の病気、その他の事があり、
信金で会社の為に1,000万円の借入手続きをしました。
その当時私たちは繊維関係の仕事をしていました。
結婚して3年目のことでした。「これはお前の借金だぞ!俺は知らんぞ!」
と、父親に言われたときには、背筋が凍りつくような気がしました。
それまでは、「親父がしっかり資金計画をしていないから、
資金がショートするんだ。」なんて、いつも嘯(うそぶ)いていました。
営業にも行くのを嫌がるし、たよりない親父だ!と思っていました。
これが、俺の借金?エッ、何で?!スゴ~~~く、背筋が寒くなるのを感じました。
実際は、この借金は、旨く時流に乗って、3年ぐらいで完済してしまい、
他の借金もかなり返済が進んでいましたから、かなり天狗になっていました。
それからは、また自分で、それまで以上の借金をして設備投資をしました。
現在、61歳。地獄・天国の繰り返し。いろんなことに挑戦してきました。
なりふり構わず色々やってきました。そんなときに、色々と感じたことや思ったことを、
短い言葉や文章でメモッタものを、少しずつ披露していきたい。
そして、それが、少しでもいい、誰かの悩みのヒントになればいいなぁ・と、
思いブログに挑戦する事にしました。
現在は、長男に社長を譲り、下働きや、自分の人脈からのスモール事業での
サイドからの応援に徹しています。宜しく御願いします
JAVY
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