
トキワ荘に関して語られる時、手塚治虫、寺田ヒロオ、藤子不二雄、石森章太郎、赤塚不二夫、鈴木伸一などとともに必ず登場するのが森安なおや先生です。この本は、トキワ荘時代から亡くなられるまでの森安先生の人生を丁寧に描いた伝記です。
トキワ荘時代の森安先生のエピソードは多く記録されていますが、中には鈴木先生の本を売って食事に使ってしまったり、借金を残していなくなったりと結構深刻な事もあったようです。字面だけ見ると他のメンバーに結構迷惑をかけているように思われますが、みんな彼を記録から抹殺するようなことはせず、「勝手な奴だけど憎めない人」として許している雰囲気が感じられます。
そして、どの先生も森安先生の作品は高く評価されています。同じ漫画家として、良い作品を残すということが一番大事な事であり。その一点に関しては、森安先生は認められていたのだと思います。だからこそ、日頃の行動については困った事もあったけど終生仲間として迎えられていたのだと思います。
森安先生が亡くなられた時、そばにたくさんの漫画の原稿があったとのことです。発表する予定もないけど、ずっと漫画を描き続けられた森安先生は、漫画に対してはぶれなく真っ直ぐだったんですね。。。
実は、私は森安先生のお名前は存じ上げておりましたが、作品は読んだことありませんでした。私が漫画を読みだした頃、森安先生はすでに創作の主軸を雑誌から貸本の方に移された後だったためです。その頃、貸本は劇画調がブームで、先生の抒情的な作品は目立たなかったということもあったと思います。
この本では、私のような人が多いことを予想されてか、森安先生の代表作「赤い自転車」が全頁復刻掲載されています。戦争でお父さんをなくした母と姉弟の三人の一家の物語。弟思いのお姉さん、自転車が欲しくてしょうがない弟、ふたりをやさしく眺めるお母さんの繊細な心模様が、とてもやさしい雰囲気でゆったりと描かれています。なるほど、あの豪傑がこのようなタッチの作品を!と感心しました。昭和31年の作品です。他の先生達のようにその後も継続して作品を発表していけば、どのような作品を残したかな?と残念に思いますが、ぶれない先生のことですから商業誌のペースでは難しかったかもしれません。
この本には、少し気になることも書かれています。NHKで放送されたドキュメンタリー番組「わが青春のトキワ荘 ~現代マンガ家立志伝~」での森安先生の事です。この番組、大家になられた先生達と対極的な人物として森安先生にスポットをあてて脚本を構成し、あえて先生が苦労されているシーンを入れたというのです。出版社への持ち込み原稿がNGになったシーンも番組製作者の意向が働いたというのです。(関係者の方々。本当でしょうか!)少し森安先生がかわいそうな感じに扱われていると思っていましたが、これが本当ならひどいと思います。これでは、スケープゴートではありませんか!
最初は森安先生をちょっとこまった人だなと思いながらこの本を読んでいましたが、読み進むにつれてなんとも残念な気持ちになってきました。もっと先生の作品を読んどけば良かったなという気持ちと、先生が今も活躍されていたら現在存在しない別な趣の作品が読めたかもしれないという気持ちからです。この伝記を企画し世に出した人達も森安先生の生き方に何かを感じたのだと思います。