ごぶさたしておりました。今年最初の書き込みです。
 
以前「ゲゲゲの女房」のところで、昭和58年頃水木先生にお会いした時の話題として、”あるエージェントが海外の漫画イベントへの参加をいろいろな漫画家に声をかけたのですが、参加に前向きな返事をされたのが手塚先生と水木先生だけで、お二人だけで外遊したらしい”というような事を書いてしまい、後でいろいろな資料を見てもそのような記録はなく、そのままうやむやになっていましたが、どうやらその情報の由来らしい事が書いてある本に出会いました。
 
その本は、辰巳ヨシヒロ先生の自伝「劇画暮らし」(本の雑誌社)です。
その本には、昭和57年頃辰巳先生と交流のあったある方が、フランスのまんがフェスティパル(BDサロン)への参加をまんが協会に属していた300人の漫画家に呼びかけたのですが、参加希望者は手塚先生だけで、結局、辰巳先生と手塚先生が二人だけでそのBDサロンに参加したというエピソードが書かれています。時期といい、話の内容といい、昔私が伺った話は、たぶんこれだったと思われます。その時、マンガ界の話題として水木先生が話されたことを、私が水木先生自身の事と誤解して覚えていたようです。大変申し訳ありませんでした。
 
ところで最近、さいとうたかお「俺の後ろに立つな―さいとう・たかを劇画一代―」(新潮社)、辰巳ヨシヒロ「劇画暮らし」(本の雑誌社)、松本正彦「劇画バカたち!!」(青林工藝舎)という往年の劇画工房のスターが劇画創世記の事を書いた本を読みました。トキワ荘のマンガ家たちとは違ったプロセスでマンガ家を目指した姿が描かれている貴重に資料です。いずれじっくりと感想を書きたいと思います。