熱い紅茶はなんて清潔な味がするんだろう。

その香りと温度で、内側が洗われるような気がする。


インペリアルブラック。(だったと思う)




このカップは見た目よりはるかに重くて、お茶を入れると筋力トレーニングできそうな勢いだけど

雨の今日にはぴったりな色と透明度をしてる。


いつもよりちょっと早く目が覚めた時に、雨の音がして、とたんにずーんと、文字通りに気分が沈んで

ああもういいやって、久しぶりに寝坊した。


って何に対しての寝坊なのかは不明だけど。笑


いつものような楽しいごはんを用意して、ゆっくりブランチにしたけれど気分は変わらず

でも熱い紅茶を飲んだら、ちょっとほっとしてきた。





なんだかんだ言っても、紅茶が好き。

そして紅茶が好きでよかったなと思う。


知識はないし、世の「紅茶好き」と言う人々のような深さはないのだけど

と書いてて分かる。わたしは極めることがないのだと。


紅茶もそう。コーヒーもそう。

好きだけど、極めたいとは思わない。

自分が好きであればそれで満足で、自分の手に届く範囲で満足する。


なにごとも。刺繍も。料理も。

何かを書くことも。

わたしが好きなように、わたしにできることをできれば、それで満足する。



たとえば。この紅茶を飲んで、この熱さが自分に行き渡って、傾けたカップの底がこんなふうに見えて

それらを美しいと感じて、それでわたしは満足する。



たった紅茶で、熱くて香り高いお茶ならただそれだけのことでわたしは満足して、さっきとは違う気分になれる。


ずいぶん簡単だ、と思う。自分は。

手の届くことで満たされるのは、そもそもが満ちているからかもしれない。

たとえ、雨の音ひとつで気分が沈むとしても、それもまた手の届く範囲のことで。


雨の日は、こんなふうにゆっくりと思うにはぴったりな日だ。