
すごく久しぶりにこちらに書いてみます。
「どうやって花曼荼羅を作るのですか?」
これは一番よく頂く質問です。
私の場合、とくにテクニックやお伝えできるノウハウはないような気がします。
使ている道具も、私の手とハサミ2本のみです。大きいハサミは木や灌木から植物を必要な分切り取るために使います。小さなハサミは花びらを一枚一枚分けるときに使います。
でも、あえて心に留めていることを申しますと、一つ目は植物を丁寧に、敬意をもって扱うこと、二つ目はいろんな視点に立って作成することです。
ということで、今日はその「視点」について書いてみます。
私の場合、ひとところに座ってそこから動かずに花曼荼羅を作ると、どんなに気をつけていても、アンバランスでいびつな形に出来上がってしまうことがほとんどです。
そこで、私が花曼荼羅を作る際はまず対角線上に花びらを置いていくようにしています。上部に花びらを置いたら、その隣に続けて置くのではなく、その反対側、つまり下部に花びらを置きます。(曼陀羅の宇宙には上も下もないと思っていますが、ここでは便宜上「上」と「下」というふうに表現しますね。)
そして、作っている間、花曼荼羅の周りを歩き回りながら、いろんな角度から花びらを置いていきます。違う角度から花曼荼羅をみると、いかにひとところに座って見ていた形と違っているか驚くことがよくあります。面白いことに、「死角」というのがあって、それは私の両隣の視点です。ここが一番近いにも関わらず「見えているようにみえて、一番見えていない部分」です。
さて、このいろんな視点に立って物事を見てゆくというのは、花曼荼羅の作成だけでなく、私の日々の暮らしにとっても役立っていることにある時気が付きました。
人生に起こる事柄や人間関係を、いろんな視点から見てゆくというのは、自分の立場や考えにこだわりすぎず、全体像を大きく捕らえることに役立ちます。私が何らかの意見に必要以上に固執している時、往々にして、その裏側には私自身が向き合わなければいけない感情が隠れていることがほとんどです。その意見や考え方が正しいか間違っているかは別として、いろんな方向、特に真逆の方向から考えたり、自分とは反対の意見をじっくり検討してみるというのは、私自身のこだわりを手放す助けになっています。
また、空を飛ぶ鳥や、他の動物や宇宙人の視点から物事や自分自身を見てみるというのも大好きな遊びです。笑
あと、人生における死角というのも、花曼荼羅作りの場合の死角と似ていて、灯台下暗しというか、自分の身近にあるたくさんの素晴らしいことや、また自分自身の問題を見落としがちだなと感じることがあります。
私は、花曼荼羅の造形美にはあまりこだわりがありません。
お花の形も一切整えたりしないので、隣同士同じ大きさのお花が並んでいるわけではありませんし、一つ一つ違う形の花びらが、私の花曼荼羅には仲良く並んでいます。
でも、お花を大切に扱うことと、花曼荼羅作りを通して自分自身と向き合っていく行く作業はとても素敵だな、大事にしたいなと思っている部分です。