愛しきスケバン
スケバンが旅立って 心の中に穴があいてるままだ
猫が亡くなっても 人間のように しきたりがない。
人によっても宗教によって違うだろうけど 猫の場合は葬式もないし お通夜 お墓 香典返し 市役所への書類の手続きもない 俺は火葬はしたけど 火葬をしない人もいるでしょう。 決まったしきたりがないのだ。
お葬式の喪主を俺は1度勤めたことがあるけど 5日間休みとって5日間走り回ってた 悲しんでる暇もなく 形式じみたしきたりも 別れという 実感を1個1個こなすたびに実感へと変わるのかもしれない
ネコにはしきたりがないぶん ふんぎりがつかん…
たとえばこの緑のカゴ うどんとかパスタとか水切りようの大きなザルだ このザルを見ると あぁスケバンが好んでザルネコになってたなとか考えると やっぱ泣けてくるのだ
思い出がいっぱいすぎる
たぶん 今 俺「カープロード」 「100PUNKS」という作品が無ければ 間違いなく日記も書いてないし 話もしてない。
こうゆう中でスケバンのことを気遣ってたくさんの人からmailをもらったり、電報もらったり、お供えや、手紙、電話を頂いたりした。 スケバンのことを書いたmailは未だなかなか返せないけど ちゃんと読んでます ありがとうございます。 連絡とっていない人からいきなり連絡もらったり スケバンに会ったことあるBANDマンからは心温まる言葉を頂いた 逆に本当に俺の力になってくれると信じた人からは何もしてもらえなかったり といろいろだ。
別に何をしてほしいわけじゃないけど気遣ってくれた人にはやっぱり感謝感謝なのだ。
特にmailはかえせれてないので この場を借りて 本当にありがとうございます。
スケバンは俺の中で生きてる そう言いたいけど やっぱまだだめだ まだまだダメだな スケバンが目の前にいないと俺は俺じゃないのだ
少し不思議なことがある
もう一人の息子(ネコ)ビーツマンは普段 俺のマクラの横で寝てるんだけど スケバンが亡くなって スケバンの遺影と御骨に向って寝るようになった。 なんか不思議だな
ビーツマンがいるからやってこれる
特にmailをくれたひと ちゃんと読んでます ありがとうございます。
本音を言うと 俺は今 元気なふりをしている
パンクよりパンクに
