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津田恒美 最後の登板の日

1991年4月14日

対 巨人戦


この日が津田恒美さん最後の登板になりました。


1991年



微熱

食欲不振

頭痛

左足の痺れ


山本浩二監督は 津田と大野のダブルストッパーで過酷なシーズンを乗り切ろうと考えていた。


開幕してもなお体調のすぐれない津田は4月9日 ナゴヤ球場で1点リードの場面で津田が9回の裏に登板し、ホームランを浴びて同点とされた。

首脳陣は津田が本調子じゃないこと、昨年怪我で1年のブランクがあることで もっと楽な場面で津田を使おうという意見もあったが津田無しではペナントレースは乗り切れないと判断し、津田を信じようという結論になった。



4月14日


朝から身体の異常を津田は感じていた

晃代「今日は休んだ方がいいよ。球団には私が連絡するから」と促した

津田「風邪ぐらいで休めない」と拒んだ

時間ギリギリまでソファーで寝ていた


晃代「どうか、今日あの人の出番がありませんように」と祈った


1勝1敗で迎えた巨人戦


先発はベテラン北別府  巨人は吉田

内外角をつく丁寧な投球で7回を5安打無失点に抑える好投

1点リードで迎えた8回ついに 津田の出番が回ってきた。


津田 最後のマウンド


津田の顔色は青ざめていた


津田は体調が悪かった 体全身を使って投げるダイナミックなフォームではなく 津田のフォームはいつもより小さく見えた

150kmの豪速球 炎のストッパーは影を潜め 130kmしか出ない棒球だった


最初のバッター川相にはファーストをぬけるライト前ヒット

続くブラッドリーにはデッドボール  ノーアウト1塁2塁

津田の顔は真っ青だった。

津田は打者にデッドボールを与えたことはほとんどない。  デッドボールを与えたことがほとんどない津田に異変を感じた山本浩二はおかしいな?と思った。

達川は選手を集め 山本浩二監督もマウンドにやってきた。

達川「しっかりせぇ 気合い入れろ」と津田に激を送った

津田「はい」

-1981年 入団会見で一番対戦してみたいバッターは?と聞かれ

津田「巨人の原さんです」

と答えている。

その原に対して惨めな姿は見せられない

気持ちとは裏腹に体がついていかない 暴投しそれぞれ進塁を許してしまう

津田は自分自身に対して「よし」と気合い入れ

今まで130km前半しか出なかった速球は 最後に原に打たれた直球は144km出ている

たった9球で津田恒美はマウンドを降りた。

原と対戦したいと言った津田の最後のバッターは原だった


ワンアウトもとれないまま津田さんは9球で降板し 変わった大野豊さんも奮闘したが

2対1で広島は巨人に敗れた。


今から20年前のお話です。


忘れてはいけません

矢野昌大


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