暴力的過激主義対策(CVE)と国際協力
暴力的過激主義対策(CVE)と国際協力東海大学平和戦略国際研究所客員教授 新谷恵司<はじめに> 英国のメイ首相は、ロンドン橋テロ事件(2017年6月3日発生)の直後に首相官邸前で声明を発し、次のように述べた。「…加害者は何年もかけて注意深く練られた計画と訓練に拠ることはなく、単独犯はネットを通じて過激化する。彼らはお互いに真似をし合い、最も残虐な襲撃方法を学びとる。(中略)最近起きている襲撃は、ネットワークで結ばれたものではない。それらはひとつの重要な意味で結ばれている。イスラム過激主義という、憎悪を昌道し、人々を分断し、宗派主義を奨励する邪悪な思想によって繋がっているのだ。」 テロの歴史は人類の歴史同様に古く、その態様も時代と共に変遷する。ひと昔前、テロと言えば極左や民族解放運動が主流であったが、前世紀末からの最近の20年間は、イスラム過激主義者がその主役の座を奪っている。ただ、その態様さえ、わずか20年の間にどんどん変化しているのだ。社会的に阻害されたり、個人的な問題を抱えた市民は世界中にいる。SNS(ソーシャル・ネットワーク)を通じて感化されることで誰もがテロリストとなり、車やナイフといった日常人々が使用する道具を凶器に使う時代が到来している。この演説でメイ首相が認めたように、このような「思想」(に基づく暴力)は、「軍事的措置だけでは負かすことができない」うえ、「防御的なテロ対策(治安措置)を、どれほど上手に運用したとしても」これを防ぐことは困難である。この短い演説は、本稿のテーマである暴力的過激主義対策(CVE)の意義を端的に説明している。[i]<暴力的過激主義:Countering Violent Extremism/CVE>1.定義 CVE(暴力的過激主義対策)について、米国土安全保障省は、次のように定義している。「CVE(countering violent extremism)とは、過激主義者が仲間を勧誘し、感化・過激化させ、暴力を起こさせようとすることに対抗する積極的な行動である。基本的に、CVEの行動は、暴力的過激主義者による勧誘や感化・過激化に資するであろう要素を軽減するものであり、その条件に対し働きかけるものである。CVEは、それが可能な場合、公共の安全、レジリエンス、他者を受け入れる社会、暴力の防止といった目的に関係する既存のプログラムに組み込まれるべきである。CVEの努力は、インテリジェンス情報収集や犯罪を訴追するための捜査とは別物である。」[ii]本稿冒頭から、筆者は「テロ」という言葉を意図的に多用したが、リベラルな考えの人からは「テロという言葉を使うことそのものがテロである」と批判されかねない。それほどに、「テロリズム」という用語は恣意的使用を警戒されるため、その定義について国際的に合意することは不可能である。[iii] ある国におけるテロ組織は「自由のための戦士」であり、往々にして、他国が戦略的に支援する。また、イスラム教には「聖戦」が教義として存在するのである。米国を筆頭にキリスト教社会が「対テロ戦争」を始めた今世紀初頭以降はとりわけ、イスラム過激主義の問題を「テロリズム」と一方的に断定して、国際場裡で対策を協議するといったことが難しくなった。これに対して、「テロ対策」を大上段に構えず、あくまで「暴力を行使する過激主義への対抗」という、ユニバーサルな解決課題として捉えるCVEのアプローチは、イスラム世界を含め、国際的に広く受け入れられている。各国で多数の試みが行われ、また様々な学究的、実践的な研究が進んでいるのだ。筆者がこのことを知ったのは、恥ずかしながら、つい最近、国内で国連の会議を通訳した際のことであった。さっそく調べてみて驚いたことは、国外における研究が進んでいる半面、わが国においてはほとんど顧みられていない事実であった。この分野に関する邦字の文献はほぼ皆無、と言って良く、この研究を行っている研究者を探しても、専門家と呼べる人は見当たらなかった。では、実践的な調査や研究、あるいは、研究結果の利用といった方面はどうであろうか。公安、テロ対策当局の取組みは非公開な部分が大きいため、確かなことは言えない。ただ後述するとおり、このアプローチは国連が力を入れているため、外務省には専門部局がある。担当官に問い合わせたが、国内情報機関の関心は総じて低いとのことであった。2.CVE推進のメカニズム CVEは、上記の定義からもわかるとおり、一言で言えば「新たな過激主義者を洗脳しない」、「過激な考えを持って暴力に訴える人を生み出さないような社会環境を醸成する」といった努力であるから、その主体は、個別の国家であったり、より小規模な組織である。例えば、個々の刑務所であったり、インターネットプロバイダーであったりする。もし、刑務所内で受刑者が別の受刑者の「薫陶」受けて暴力的な過激主義者となって出所する、という現実があるのであれば、その刑務所はそのような連鎖が起きないような措置を考えて実施する必要がある。また、あるサイバー空間においてイスラム戦士の勧誘が行われたり、暴力を美化する宣伝が行われているのであれば、管理者たるプロバイダーや規制当局は、このアカウントを削除するのか、それとも、「カウンターメッセージ」を流して逆利用するのか、対策をとらなければならない。 ただ、このような努力は、個別に行うよりも、縦横に連携し、国際的に経験を共有し合うことがよりよい効果を生むことは容易に理解できるであろう。また、企画立案能力、政策実施能力に限界のある途上国の政府や組織に対しては、必要な支援を与えることも重要である。このため、幾多の国連機関や地域協力機構、NGO、また、これらの委託を受けた私企業や大学等がCVEについて研究・調査し、例えばGood Practiceと呼ばれる模範的な行動指針が生み出されている。このノウハウは、欧米においては国の機関や社会更生施設等のCVEに役立たせ、途上国においては、CVE活動に携わる人々の能力開発、教育訓練などで活用されている。3.推進のための機関グローバル・テロ対策フォーラム(The Global Counterterrorism Forumm, GCTF)は、29カ国とEUが閣僚レベルで定期的に会合する国際テロ防止のための有機的な結合である。[iv]2011年以来、このフォーラムにはCVE作業グループがおかれ、英国とアラブ首長国連邦(UAE)が共同議長となって国際的な作業にガイダンスを与えてきた。とりわけUAEはCVE推進のための中核研究センターをホストする意志を同年の閣僚会合で表明、下記(1)の HEDAYAHセンター がよい仕事をしている。また、この傘下には、(2)(3)のような独立機関もCVEのアプローチを活用して活動している。さらに(4)のように、GCTFの枠組みには属さないものの、これらの機関と密接な連携の下に優れた業績を蓄積している機関もある。(1) HEDAYAH Center (アブダビ)[v]CVE推進のための中核研究センター。アブダビのUAE外務省の門前に本部があるが、米、英、トルコなどのインテリジェンス機関から専門家が出向し局長を務めている。センターが独自に研究者を抱えるのではなく、世界の様々なレベルでの研究成果をプールし、また、地域的な研究セミナー、ワークショップなどの開催を支援することでCVE研究の普及を図っている。毎年、「リサーチ・コンファレンス」を開催しており、2017年には4回目となる会合がトルコのアンタルヤで開催された。(2)The International Institute for Justice and the Rule of Law (IIJ) (マルタ)(3)Global Community Engagement & Resilience Fund (GCERF) (ジュネーブ)(4)International Centre for Counter-terrorism (ICCT) (ハーグ) 2010年、オランダ外務省により創設された。GCTFの枠組みを外れた独立機関だが、専属、兼任の研究者も多く、中核研究センターとして出色。ウエブサイトからは多くの文献を入手できる。(5) 国連安全保障理事会テロ対策委員会事務局(CTED) 安全保障理事会が、2001年の同時多発テロ以降、大きな国際テロ事件が発生する都度会合し、安保理決議の形で今日の世界のテロ対策上の国際法を形成してきたことは確認されなければならない。Counter-Terrorism Committee Executive Directorate (CTED)は、これら安保理決議に基づき設置された国連機関で、研究以上に政策の実施機関である。とりわけ、ソーシャルネットワーク分野のCVEを積極的に推進しており、2017年6月、マイクロソフト、ツイッター、FBなどが”Global Internet Forum to Counter Terrorism”の創設を発表した際にはCTED事務局長が歓迎の声明を出した。なお、同事務局には日本の検察とUNAFEI[vi]出身である高須司江(たかす・すえ)氏が CTED上級法務官として勤務している。<CVE分野での国際協力の必要性>1.低調なわが国のCVE研究 わが国においてCVEへの取組みが低調なことには、いくつかの理由があると思われるが、その最たるものは、日本が世界的な移民、多文化共存という流れからは外れており、文化的な鎖国状態を続けることができていることだろう。それは良い意味でも悪い意味でもわが国が「ガラパゴス効果」を享受しているということである。中東アラブ世界ではそのような日本を「カウカブ・アーハル(=別の惑星)」と呼ぶ。過激主義対策の文脈で頻出する言葉にMarginalization(疎外)、 Inclusion(包含、取込)、Resilience(レジリエンス:折れない心)などがある。百万人単位のイスラム教徒・移民を抱える欧州各国では、彼らと、それ以外の住民との間で文化的、宗教的な摩擦が日常に生じているが、わが国にはそれがない。わが国で暴力的過激主義がはやらないのは、それだけが理由ではないが、欧米各国が頭を抱えるこの現象が、少なくとも今まで希薄であったことは、日本社会においては僥倖であった。 もうひとつ指摘しなければならないのは、 目の前に異文化の人、異民族が現れようと現れまいと、日本人は変わらない。その社会はここ何百年もの間、基本的に過激主義とは無縁であったという事実だ。2つの世界大戦を経験し、国粋主義が蔓延った、ごく短い時代を除いて、である。在日韓国人、中国人という問題を抱えているという点では、植民地を有した欧米の旧宗主国と共通項があるものの、外国人を排斥しない日本人、人種差別をしない日本人という現象は、国際的にはかなり異質で、学究的な関心と好奇の目が混ざり合って日本研究が行われている。特に、低開発からの脱却が国是であるエジプトや、イスラム過激主義からの決別を課題としている湾岸イスラム諸国は、日本の道徳教育に秘密があるのではないかと、調査団を送り込んでいる。ただ、このようにそもそも過激化しない民族なのであるから、過激化して暴力に訴える人々に対してどう対策するか、という学問にわれわれ自身の関心が向かないは無理がないことかもしれない。「CVEのためのGood Practiceを研究した結果、次のような結論を得た」と欧米の博士号を有する研究者が日本では小学生でも知っている人倫について箇条書きで述べるのを聞いて、エッと失笑したこともある。2.CVE分野における国際協力のすゝめ しかし、だからと言ってわが国がCVE研究を怠っていいということではない。その反対に、CVE分野での国際貢献、国際協力を深めることには、大きなメリットがある。 なかでも、その最大のメリットは、各国のテロ対策分野におけるVIPとの人的交流が深まり、インテリジェンス情報の収集が格段に容易になることであろう。既述のとおり、欧米においても、また、イスラム過激主義の温床を抱える各途上国においても、CVEは国のトップから治安機関幹部に至るまで強い関心を有している。筆者個人の乏しい経験だけでも、そのことは証明されている。2017年夏にICCTが共催した「テロ対策の国際法的側面」に関する夏季セミナー(ハーグ)、及び同年秋のHEDAYAH センター主催の年次シンポジウム(トルコ、アンタルヤ)に参加したところ、チュニジアの対テロ機関幹部、バングラデシュの同じく対テロ機関幹部と研究者の知己を得ることができた。ご承知のとおり、両国では日本人が殺害される襲撃(バルドー国立博物館/2015年3月、ダッカ・レストラン襲撃/2016年7月)が起きており、しばし、最新の分析情報に耳を傾ける機会となった。また、東南アジアのある国から参加していたAは、クアラルンプール空港で発生した金正男暗殺事件に関して、すべての捜査情報を知り得る立場にいる人物であった。 CVEについて学ぶ場で机を並べただけでこの有様なのであるから、招聘をしたり、フィールドワークで汗をかくなどの共同・協力事業を行えば、過激主義者の動向やそれ以外の分野についてもインテリジェンス情報の質、量を格段にシフトアップできるものと考える。 では、具体的にどのような協力があり得るのだろうか。この点については調査中でありその詳述は別の機会に譲ることとしたいが、オーストラリア政府がインドネシアとバイの関係でCVEをテーマに治安協力を推進していることを挙げておきたい。豪州におけるインドネシアをはじめとする東南アジアのイスラム過激主義の脅威の度合いが、わが国におけるそれに比べて格段に高いという背景があるものの、ダッカであれだけの事件が発生しているのであるから、わが国治安機関もバングラデシュ、フィリピン、インドネシア、マレーシア等との協力プロジェクトを開始すべき時は今であろう。 CVE(また、「防止:Prevention」がより重要との観点からPVEとも呼ばれる)を通じた国際協力は、その成果そのものが、世界の、テロからの安全保障をより強固なものとすることに資するだけでなく、わが国そのもののインテリジェンス活動を活性化するのである。(了)[i] http://time.com/4804640/london-attack-theresa-may-speech-transcript-full/[ii] -Department of Homeland Security, USA (https://www.dhs.gov/cve/what-is-cve)[iii] その一方で、国内的にテロを取り締まるためには、それが何を意味しているのか、しっかりと定義することが、「法の支配」を確立する上で非常に重要。[iv] https://www.thegctf.org/[v] http://www.hedayahcenter.org/[vi]国連アジア極東犯罪防止研修所(UNAFEI)http://www.unafei.or.jp/ーこの小稿は、(社)日本安全保障・危機管理学会機関誌「安全保障と危機管理」で発表されました。(2018年夏号Vol.44)