模擬授業を体験した。熊本工業専門学校の日本語学校の中国からの学生を相手に日本語を教えた。
私の担当は「行きます。来ます。帰ります。」何気ないこの単語だが、話の軸を捕らえていないと結構ややこしい概念だ。「行きます。来ます」一見間逆の単語だが、三人称が介在する場合は曖昧に感じる。「彼が行く」「彼が来る」これを私があなたに対して言う場合である。
曖昧とは書いたが実は結構ハッキリしていて、図で説明したら3分も掛からず終わってしまう。
私に与えられた時間は20分。図でやってしまったら3分で終わり。しかも中国人の学生は既に本国で日本語をある程度学んでいる。そして、日本語学校でも既に習っている。私がやってしまったら三発目になり、学生からしたら「いまさらかよ~」となり白けさせてしまうのは明白であった。
散々悩んだ結果。私は「教える事」を放棄した。そして「行きます」「来ます」「帰ります」が判っていなければ解けないクイズを出し、「対話」によって答えを引き出す作戦に出てみた。
私自身教える事など初めてであり、既存の方法から脱線する事でもあり、やや不安もあったが、私の立場は学ぶ身。失敗は今の内でしか出来ないから駄目ならばそれも財産だと思い実行してみた。
結果は、上手くハマッタ。既存の知識を使って未知を推測する。勉強が楽しいと感じる瞬間は問題が解けた時である。楽しい授業とはその瞬間をどれだけ多く与える事ができるかに掛かっている事だと確信した。「教える」という姿勢では教える事など出来ないのだ。教師に対して「判りません」との発言は熱気を帯び学生の頭がハイテンションになった証である
私は日本人。日本語教師になったら日本人の日本語教師となる。日本人の日本語教師が外国人の日本語教師に勝てない部分は彼らの母語による日本語の文法教授であろう。日本人の日本語教師が外国で日本語を学ぶ人に対してやる事はムードなどをどんどん織り込み対話によって答えを導く事であろう。
少なくても私は今回の模擬授業でそう感じた。
学生が盛り上がってくれたのはうれしかった。
そして、私のこの試みを担当の教授法の先生は褒めてくれた。嬉しかった。日本語教師になりたくなった。