天皇制という言葉が存在する。しかしながらこの言葉は本来日本語にはなかったし、日本人が造ったものではなかった。では誰が何の目的で造ったのか。これはコミンテルンが造ったのである。コミンテルンは共産主義の国際組織である。共産主義理念は皆平等である。よって天皇という存在は彼らにとっては大変面白くない存在であった。しかしながら日本人は天皇を貧富の差の象徴とみなしていたかというとそうではない。現実に天皇に対して農民一揆のようなものは歴史上なかった。もし皇族がブルボン朝のような存在であればとっくに天皇は廃されていただろう。これらのことから天皇は差別の象徴、貧富の差の象徴ではないことは明白である。では何のために天皇制という言葉をコミンテルンは造ったのか。「制」という漢字に焦点を当ててみよう。辞書を引くと制という漢字には色んな意味が出てくる。この中で天皇制の制として意味が合いそうなのは制度である。では制度という意味を引いてみると社会における人間の行動や関係を規制するために確立されているきまり。または国家団体などを統治運営するために定められたきまり、とでてくる。しかし天皇の存在は何かを規
制するものであるだろうか、これが西欧や中国における、皇帝や王であれば上記の意味が該当してくる。皇帝は人民を国家統治のために色んな規制などをかけたりする。しかし歴史上天皇がそのようなことは基本的にはしてこなかった。明治憲法下は天皇は国家元首であり統帥権を掌握してたではないかという意見はある。しかしながら明治憲法下も現実的には天皇は大した権力はなかったのである。悪く言えば明治政府に巧いこと持ち上げられただけである。私は明治政府が本来日本の風土には合わない立憲君主制というものを無理やり採り入れたのが間違いだと思ってる。あくまでも天皇は文化的な存在であり、西欧的な君主にはなることができないのである。それにもかかわらずコミンテルンは天皇を西欧的君主とみなし差別の対象として罵ったのである。または西欧には王制や君主制があるが、それらと天皇が決定的に違うのは天皇は国の創生期から存在する点である。西欧の王や皇帝は何らかの形で征服の歴史を繰り返しながら即位してきたのである。簡単にいうならば昔からその国にその王家が存在した国などなくその国の歴史の過程で王制なり君主制が誕生したのである。しか
し天皇は途中からできたものではない。この国の歴史とともに歩んできた。天皇は制度という概念にはそぐわないのである。それにもかかわらず何も分かってないコミンテルンは天皇を廃位させたいがためにわけがわからない言葉を勝手に造り無理やり西欧的君主や王と同じような捉え方をしたのである。おそらく天皇を王や皇帝と同じ位置付けであると無理やり国民に洗脳していけば廃位も容易になるであると考えたのである。