明日のメガネとパンツと掴む夢 Retake -8ページ目

明日のメガネとパンツと掴む夢 Retake

消滅した前回のブログの続きです。
ふわっとした記事を永遠に書き続けます。

私事ではございますが、少しだけ、ほんの少しだけ嬉しいことがありました。


ずっと追いかけ続けてきた背中。尊敬する、理想の方を超えたとまでは行かずとも、少なくとも並んだと思えるような、事実に気づきました。


それは


何度も俺の話に出てくる





杉崎鍵!


……。もったいぶってなんだよ!と思った方、えっもしかしてあの人?と別に心当たりがあった方、がっかりしましたでしょうか?もしも期待を外すことができたなら、今回はこれ以上ないくらい報告を成功しました!

はい、何があったかというと、ここ数日間、新生徒会の一存の上下と生徒会の祝日、生徒会の十代を読みまくってました。
元々、高校生の時から生き方の参考にしていたのが、生徒会シリーズの主人公、杉崎鍵さんなのです。で、何を根拠に超えただの並んだだの言っているかというと、無意識のうちに杉崎が尊敬してる人と似たことができるようになっていたこと。そして、無意識のうちに俺自身が杉崎と似たことをできていたということです。
厳密に言ってしまえば、1度読んだことのある本なので、やってる事とかは知ってて当たり前な部分もあるので、無意識と言えるかは微妙ですが、流れや台詞とかは完全に覚えていられた訳ではないので、そう思っていただきたい。

今回読んだ順番は、時系列に則っていません。単に新生徒会で杉崎の強さを再確認し、杉崎の大事な人たちとの「これからの時間」を眺め、本来そこに至るまでの卒業式および前生徒会の解散を振り返ろうと思ったのが発端でした。
その中でも「俺だったらもっと早く答え出せたよ」「俺の方が意識切り換えるの早くない?」と感じるところで、自身の成長を感じる事になった次第です。

でも、俺が並んだなんだって言えるのは、シリーズの完結につき、杉崎の成長をそれ以上見られなくなったというのが大きいと思います。俺が理想とする人なら、もうグイグイ先に行ってしまうことが予想されます。だから、俺が並んだのは、生徒会シリーズ完結時、高校3年くらいの杉崎です。もっと見られていたのなら、まだまだ追いつけない理想の男でいると思います。
だからと言って、尊敬が薄れた、見下し始めたという訳ではないです。

俺が杉崎を尊敬するきっかけになったのは、彼の生き様、美少女ハーレムを作る!というところです。
うん、これ読んでる方が少し引くの感じた気がするよ。
で、その言葉の何に惹かれたかというと、関わった女性全てを幸せにしたい、常に愛する人の味方でいようとする、という側面に強く心奪われました。それに、自分が辛くても、とんでもなく割り食っても、大切な人の幸せのために動く覚悟に、もう、なんていうか、「あぁ、俺、この人には一生勝てないな」と思う一種の羨望とも尊敬ともつかないような何かを俺の中にくれました。
実際、とっくに俺は杉崎に負けてるんです。ハーレムまでいかなくとも、周りにたくさん女の子はべらせて、全員に好いて好かれられたいと思って行動していた時期もありました。でも、杉崎ほど好かれることもなく、杉崎ほどの覚悟もなく、これが創作と現実の違いか!と思い知って、それは挫折しました。
でも、創作と現実の違いがあっても、理屈の上では杉崎のハーレムは実現不可能じゃないと思いました。加えて、そんなことで諦めたら杉崎に勝てないにしても近づけないという意地で、俺にハーレムは無理でも少し離れた別の道を作ろうと模索し始めたのです。

そうこう色々ありまして、関わった女の子が幸せになれたらいいなぁ、俺が味方できる範囲ならずっと味方でいつづけよう。と、あま杉崎状態を保ったまま、ただ一人全てを懸けられる女性に尽くそう、その人が幸せでいられるならなんでもしよう、どれだけ困難が湧いてきても全部ぶつかってやろう。と、ハーレム思想捨て対個人主義に鞍替えしました。

だから、立ってる土俵はとっくに別物なので、勝ち負けとかないのですが、杉崎に近い高さまで来られたことがすごく嬉しくって。結局、今もこれからも勝てない人なのは変わりません。「あぁ、この部分は俺まだまだだ」と思うところも読んでてありました。並んだと表現したのに、こう言ったらややこしくなりますが、これからもやっぱり、雲の上の人なんですよね。でも、少しでも並べたことが、歩いてきた道を間違ってなかったと証明してくれているようで。

うーん、読み直しても文章変だな。おかしい文なのに、言いたいことが書き著せてるというのが、また変なんだよなぁ。

だから、もったいぶって杉崎かよ!期待してた人と違うよ!と思った方、今はこれが俺の嬉しい報告なんです。
掛け値なしに、素直に正直に。




これから先、尊敬する人を見失わなければ、どんな形でも報われる日が来ると、希望がみえました。