来年もロッテを応援します!その理由はー
ずっと応援してきた澤村が退団し、大好きだった吉井監督が辞任‥
来年は、ロッテを応援することはないなぁ~と思っていました。
でも、あの選手が入ってきたのです。
めっちゃ注目していた選手です。
その選手の名はー
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そう、
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石垣元気投手です!
高校生どきから球速150キロ越えでとても注目されていて、触れ込みは最速158キロです。
(さわむーは大学時代、最速157キロでした)
私個人としては、左足を低くすっと伸ばすところがとてもさわむーの投球フォームに似てると感じており、
彼がどの球団に入ろうと、彼を応援すると決めていました。
(後で投球フォームについてさわむーとの比較動画をお見せします。)
それがまさかまさかのロッテでした。めっちゃうれしかったです。
オリックスと競合し、抽選はどきどきでした。サブロー監督がガッツポーズしたとき、
ジャムくんもってるなって思いました。笑
いやいやサブロー監督が、もっていたわけですが。爆
彼はなんとロッテに決まったあと、希望の背番号を言っていました。
それが17番だったのです。
そりゃーいい!と、さらに思いました。
17番と言えば、今季後半、メジャーで大活躍した、ロッテ時代の佐々木朗希投手の背番号です。
石垣元気投手は、佐々木朗希投手を崇拝していて、あの球速を越えたい!とずっと思っていたそうな。
そして先日、正式に入団会見がありました。
背番号は‥
あれ? 18番に決まりました。 なんで? 17番じゃなったの?
ここで、18番になった経緯をAIに聞いてみました。
ブログ記事書くの、めっちゃ助かります。笑
【18番になった経緯紹介】
石垣投手は、指名挨拶の時点(2025年10月24日)で、憧れのドジャース・佐々木朗希投手(ロッテ時代に着用)がつけていた「17番」を希望していました。 佐々木投手は憧れであり、石垣投手の「最終目標」で、「170km/hを出し、世界で戦える投手になる」ことを公言しており、背番号もその象徴だったようです。
サブロー監督も「ふさわしい番号」と前向きに応じていました。
しかし、入団交渉(11月27日)で最終的に「18番」に決定。理由は以下の通りです:
◆佐々木投手の定着イメージ: 「17番と言ったら佐々木朗希投手が定着している」ため、単なる継承ではなく、自分らしい番号を選びたかった。
◆「一個上をいく」決意: 「自分は1個上をいって超えたい。ロッテの18番と言えば自分と言ってもらえるようになりたい」と語り、“朗希超え”の野心を込めました。 18番は伝統的なエースナンバーでもあり、「相手に絶望を与えられる投手」になる目標に合致。
◆迷いと決断: 指名後、数日間「17か18か」で悩みましたが、「いろいろ思い返したりして自分で18番をすぐに決めました」と本人の強い希望で決定。
いかがでしょう。似てると思ってくれましたか。
この動画は、ジャム作成オリジナルです(*^_^*) AIではありません。笑
すべてが似てるわけではありません。左足の動きが似てるのです。
まだまだ、さわむーの方が力強いフォームをしてますね。
ただ、元気投手は近い将来、160キロを投げると見ています。
それがまた、何とも言えない楽しみですね。
ではまた(*^^)//
R7.11.21「長嶋茂雄お別れ会」にて思うこと。。
昨日、東京ドームを会場に、ミスタープロ野球こと長嶋茂雄名誉監督のお別れ会が厳粛に開かれました。
私はネット動画でしか見てませんが、それでも会場の雰囲気や、参列した方面々のお姿を拝見すると、長嶋茂雄氏のその偉大さがひしと感じられました。
参列された方々がすごい人ばかりでしたね。
V9時代のチームメイトの面々、
長嶋さんと共に歩んだ、プロ野球OBの方々、
長嶋監督に育てられた巨人のOB、そして現役の選手たち。
その中には菅野投手のようなメジャーで活躍する姿もありました。
また、全プロ野球のオーナーさんも参列し、長嶋さんの人となりの大きさを感じずにはいられませんでした。
プロ野球の人気、発展に最も寄与された人の名前として、一番に出て來る名前が長嶋茂雄氏でした。が、
私は長嶋さんの現役時代をほとんど知りません。
ちょう小学校高学年だった私は、長嶋さんの引退セレモニーはしっかり覚えていますが、私はどちらかというと王貞治さんのファンで、等身大のポスターを部屋に貼っているほどでした。
今から33年前のこの11月21日。この日にお別れ会をするというのは、本当にあの人との繋がりの大きさを感じますね。
だれかって?
長嶋さんは、監督としてドラフトで4チーム競合したその人を抽選で引き当てます。確率は4分の1でした。
そう、私が夢中になった「松井秀喜」です。
私は甲子園の5連続四球をライブで見ていて、今でもそのときの怒りに似た感情が蘇ってきます。
隣の石川県に生まれた彼、ゴジラ松井を私はずっと応援していて、彼の引退会見のときは涙が出ました。
松井さんが、「野球人生で一番心に残っていることは何か」と、記者から聞かれたとき、彼は、
「長嶋さんに毎日のように素振りのバットを振る音を聞いてもらったことですかね。」と答えました。
松井秀喜にとって、長嶋さんの存在の大きさを痛切に感じた瞬間でした。
松井さんは、このお別れ会で長嶋氏にほほえみかけるようにお別れの言葉を伝えていました。
なんとも素敵な言葉がたくさん並んでいてうるっときてしまいましたね。
現在私は巨人のファンを辞めていますが、
いつか松井秀喜が巨人の監督になったときは、全力で応援しようと思っています。
そんな日が来るのかな。
ではまた。
吉井監督ありがとう!そしてお疲れさまでした。
ちょっと遅ればせながら、吉井理人元ロッテ監督への感謝の思いを伝えさせてください。
辞任セレモニーで涙をこらえて話をする吉井監督の姿にうるうるしてしまったジャム次郎ございます。
澤村がメジャーから日本に帰ってきたとき。しっかり戦力として迎えてくれたこと、また、佐々木朗希を投手コーチ時代から、しっかりとしたスパンで育成し、それなりに大成させた吉井監督。感謝の気持ちでいっぱいです。
今季は最下位でさぞ、辛かったことでしょう。「この責任は私にあります」と強く言い、それでも「もう少し監督をやりたかった」と涙声で本音を伝える吉井監督に、うるうるしまくりでした。

私はあの気さくで優しい雰囲気を醸し出している、白髪でダンディーな面持ちがとても大好きでした。ギターを弾く姿なんか、最高でしたね。
吉井監督は、コーチ時代から、指導のモットーは、「教えないコーチング」でした。
コーチは2でいい。選手の主体性が8である。と、選手の自主性を尊重し、1on1の対話で本音を引き出すスタイルでした。
メジャーでも5年間選手として活躍し、意外と知られていないのは、2022年ドジャースの短期コーチとして渡米し、選手と監督の垣根を取り除くことの大切さを知ったそうです。また、彼はものすごい理論派で、大学院で修士号を取るほど勉強する探究心旺盛な面もありました。
総じて選手から、「居心地いい監督」と慕われたことはよく知られています。
それでも、現役時代は手に負えないやんちゃぶりが、逸話として残っており、私は、そのストレートな感情表現も、吉井理人氏の魅力だと感じています。
【現役時代のやんちゃエピソードを紹介しましょう】
ベンチ裏の鏡をぶち壊すして大暴れ!(近鉄時代1980年代後半)
試合で悔しい思いをした吉井選手後、ベンチ裏でいらいらが爆発。鏡を蹴飛ばして粉々に割ってしまいました。当時のチームメイト金村義氏が後年、「吉井は裏がない男。鏡を割るなんて、短気でまっすぐな性格の表れだよ」と笑い話に。仰木彬監督との関係もこじれ、試合後の握手すら拒否したエピソードも。この頃の吉井さんは「猪武者」タイプで、監督室の机をひっくり返したり、2軍落ちの通告に激昂したり…。
寮の食堂でコーチに殴りかける!(近鉄二軍時代、1980年代)
二軍監督の説教が延々と続くのに耐えかね、箸をバン!と叩きつけて立ち上がり、殴りかかろうとしたそうです。先輩選手たちに後ろから羽交い締めにされて止められ、事なきを得ました。当時の阿波野秀幸氏は、回顧録で、「吉井の激昂ぶりは本当にハラハラした。コーチの説教中に箸を投げつける勢いだったよ」と語られています。この事件がきっかけで、監督との関係が悪化し、トレードの遠因になったとか。リリーフ登板を嫌がって「人助けは性格じゃない」と公言したり、相手の4番に死球を当てて「もう一球投げたろか」と挑発したり…。
野村監督をびっくりさせたベンチ裏の蹴り!(ヤクルト時代、1990年代)
野村克也監督時代、ベンチ裏で悔しさのあまり物を蹴飛ばした音がデカくて、野村さんが「吉井、お前俺を殺す気か! びっくりして天井に頭ぶつけたわ!」と怒鳴った逸話。野村さんは厳しい監督だったけれど、吉井氏の情熱を「悔しさの表れ」として認めてくれてうたようです。当時の吉井氏は、ベンチで感情を隠さず出すことが多く、チームのムードメーカーでもあったようです。
◇
今の吉井元監督をみていると、とても信じられないようなエピソード(実話)ばかりですが、それほど球速が速かったわけでもない吉井氏ですが、1998年メッツ移籍後に、日本人2人目の完投勝利を挙げたのも、秘めた強い魂の投球をしていたからでしょうね。
私は、いつか、また指導者としてチームを牽引する姿を見たいと思っています。
吉井さんの信条である『聴く監督』や『最高のコーチは、教えない』は、なかなかできない指導者の姿ではないでしょうか。
最後に、ファンに感謝する姿にウルっと来てしまいます。
今後、吉井監督がどこかの監督になったらそのチームを応援するつもりです。
次のWBC監督になって侍ジャパンで指揮を取ると考えるのは早すぎますか。笑
さわむーもしっかり映っていました。
きっとロッテには言葉にできない感謝の気持ちがあると思います。
最後に、
吉井監督、本当にお疲れさまでした。そしてありがとう!
ますはゆっくりや休んでください。
さて、さわむーはいったいどこの球団へ行くのでしょうか。
まさか引退はないでしょうね。
どこかの球団に取ってくれますように(祈)
令和7年11月13日 ジャム次郎より
澤村の今後について、AIに聞いてみました。
お疲れ様です。
ロッテを退団し、現役続行を強く望んでいる澤村ですが、
AIに今後の動向を聞いて見ました。
ジャム吉「 ロッテの澤村拓一がチームを退団しました。今後、彼を必要とするチームはありそうですか。それとも引退となりますか。」
AIの回答をそっくりそのまま載せますね👇👇
澤村拓一選手の退団状況と今後の展望2025年シーズンのNPBペナントレースが終了した直後、千葉ロッテマリーンズは10月9日に澤村拓一投手(37歳)の退団を正式に発表しました。
球団発表によると、澤村選手本人が現役続行を強く希望し、球団との協議の結果、このような形になったようです。澤村選手はコメントで「2020年9月、その時、苦戦をしていたボクにマリーンズが機会をくれたからこそ、ファンの皆さまが受け入れてくれたからこそ、そこから憧れであったMLBにも行けました。トータルで3年半の時間を共に戦ってくれたチームメートやスタッフに心から感謝します。日本一の声援が背中を押してくれたことにも感謝をしています。また元気な姿でお会いできることを楽しみにしています。見守ってください」と、ファンや球団への感謝を述べつつ、復帰を匂わせる言葉を残しています。
2025年シーズンの成績を振り返り澤村選手は今季、ロッテで一軍20試合に登板(主にリリーフ)。防御率3.93と安定感を示しましたが、制球難(18.1回で15四球)が課題となりました。一方、二軍では18試合で防御率2.00と好調を維持しており、潜在能力は健在です。キャリア全体では、巨人時代(2010-2020年)のクローザーとして通算セーブ記録を持ち、2021-2022年にボストン・レッドソックス(MLB)でプレーした経験もあります。ロッテ復帰後の2023-2025年は、ベテランリリーフとしてチームを支えましたが、年俸約2億円の高額契約が球団の若返り方針と合わなかった可能性が高いです。
今後、彼を必要とするチームはありそうか?澤村選手は戦力外通告ではなく「退団」扱い(現役続行希望)で、NPBの契約交渉期間(10月下旬~11月上旬)に入っています。11月12日に予定される選手会主催の合同トライアウト(マツダスタジアム)への参加も視野にあり、そこでパフォーマンスを発揮すれば、複数の球団からオファーが来る可能性が高いです。以下に、具体的な移籍先の可能性を挙げます(現時点の報道や推測に基づく)。
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球団 |
可能性の理由 |
具体的なポイント |
|---|---|---|
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読売ジャイアンツ |
高(巨人復帰の噂が濃厚) |
元所属球団で、2010年ドラフト1位入団の“地元っ子”。阿部慎之助監督時代からの縁が強く、報道では「88年組(澤村、坂本勇人、田中将大)のトリプル引退セレモニー構想」として復帰を検討中とされています。リリーフ陣の強化が必要で、経験豊富な澤村の復帰はファン人気も高いです。 |
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中日ドラゴンズ |
中 |
立浪和義監督がベテラン投手を好む傾向があり、制球難を克服した澤村の二軍成績が魅力。ロッテ退団組(石川歩ら)とセットで狙う可能性も。 |
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東京ヤクルトスワローズ |
中 |
高津臣吾監督の守備重視チームに、澤村の球威がフィット。捕手・中村悠平との巨人時代からのつながりもプラス。 |
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北海道日本ハムファイターズ |
低~中 |
新庄剛志監督の“個性派”采配で、MLB経験者を積極補強。リリーフの穴埋めとして検討の声あり。 |
|
MLB(メジャー復帰) |
低 |
2021-2022年のレッドソックス経験があるが、37歳の年齢と今季の四球率から、マイナー契約レベルのオファー止まりか。NPB優先の意向が強い。 |
全体として、巨人復帰が最も現実的で、複数のメディアが「球団が獲得調査中」と報じています。
ロッテの“血の入れ替え”が進む中(荻野貴司、石川歩らも同時退団)、澤村のような即戦力ベテランを求めるチームは少なくありません。
特に、セ・リーグの巨人、中日、ヤクルトはリリーフ陣の安定を急務としており、トライアウトで結果を出せば複数年契約のオファーも期待できます。
引退の可能性は?現時点では引退の兆候はなく、低いです。澤村選手のコメントからも「また元気な姿で」との意欲が明確で、球団側も「現役続行を目指す」と明記。37歳はNPB投手としてまだ現役可能な年齢(例: 岩隈久志は42歳まで投げた)で、トライアウト不参加でも個人交渉で移籍が決まるケースは多いです。ただし、オファーが出なければ独立リーグや引退の選択肢も出てきますが、キャリアの輝かしい実績から、NPB残留が濃厚でしょう。
オフシーズンの動向は流動的ですが、澤村選手の“復活劇”を楽しみに待ちましょう。最新情報が入り次第、更新される可能性が高いです。
以上です。
いやぁ~まず、驚いたのはAIのコメントの多さです。
簡単に答えるのかと思ったら、背景からうわさや他球団の事情まで詳しく伝えてきてほんとびっくりしました。
AI予想では、巨人に戻るのでは‥と阿部監督との関係も匂わせながら伝えています。
トライアウトの参加についても示唆されており、複数球団が興味を示すかも‥ なーんて言ってますがホント!!
これについてはあまり信じすぎないよウニしたいと思います。
それでは、久々に皆さんからのコメントをお待ちしております。
テーマは「さわむーの今後はどうなる!?」です。
久々に予想コメントいっぱい来るといいなぁ~
ちなみに、ジャムは、巨人は望んでいません。
日ハムがいいなぁ、なんて思っています。
本心は、ロッテで辞めて、コーチになることを願っていました。だれかんさんのように。
ではまた(*^^)//












