あの日を忘れたことはありません。
それはきっと、あの日も今も
住んでいる場所が同じ ということも関係しているのだと思います。
隙間が空いた天井
閉まらなくなったドア
傾いたままの棚
ガラスがなくなった扉……
管理会社に連絡しても
退去するときにしか直せないと言われ、
またいつ起こるかわからない地震を考えると、新しい家具を買う気にもならず、
夫と話し合った結果、
我が家はあの日と同じものに囲まれて暮らしています。
頻繁に起きる余震の影響で
体がずっと揺れているようだった感覚も
気付けば なくなっていました。
満足に調達できなかった品々も
今ではどこでも気軽に手に入ります。
ガソリンを求めて夜中から朝方まで
スタンドに並んでいた車も、
もうどこにもいません。
電気もガスも水道も止まって
家族で肩を寄せ合ったあの日々。
側溝の水をバケツで汲んで
トイレタンクに入れたこと
自衛隊の方々から水を受け取ったこと
冷蔵庫にある食べ物を分け合ったこと
ろうそくの灯りが頼りだったこと
友だちが手紙や生活用品を送ってくれたこと
いつか私も忘れてしまうのかな。
それがとても怖いです。
《忘れ去られた被災地》
とも言われる茨城県。
報道されることがなくなっても
どうかみなさんの記憶から、
あの震災が消えてしまいませんように。