※注意※

具体的な家族トラウマの描写があります。

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幸せな人生だと思っていた。

完璧ではないが、十分幸せに生きていると思っていた。


何もかもが「完璧」なんて、現実にはあり得ない。

両親が揃って生きている。家がある。

裕福ではないが貧困でもない。

明日の食べる、寝る、には困らない。

ありがたいことだし、これが幸福だと、心から思って生きていた。



でも、子供の頃は一人で泣いてばかりいた。




実家はいわゆる核家族だった。

父と母と自分と兄弟たち。

自分は長子であった。


自分が小学校に上がる頃、両親は父方の祖父母との同居を始めた。

「あなたも小学生だし、大人の目が多い方がいいからね」と両親は言っていた。

自分も、祖父母との同居は嬉しかった。



祖父母との同居が続くうち、母が家の中で怒鳴るようになった。

義父母との同居が始まり、家事を一手に担っていた母はストレスのぶつけ先として祖父母と父を選んだ。


子供の目の前では、母は怒りを抑えている。

でも、子供の寝た後に、祖父母に、父に、怒鳴る、皿を割る。



祖父母は笑って流していた。

「お前たちのお母さんは本当にしょうがない人だね」

「近所に聞こえたら恥ずかしいよ」


父は黙って何も言わなかった。

ただ黙って、母に怒鳴られていた。


大人が4人いる家で、誰一人子供を見ていなかった。


子供はそれぞれ寝室の布団に潜って、何も聞こえていないように装った。

理由もわからずに涙が溢れても、それに気づく大人は誰もいなかった。




ある時、母が家を出た。

ひとしきり暴れた後、一人で出て行ってしまった。

自分は怖くて、眠れずに起きていた。

「母が戻って来なかったらどうしよう」


電気の消えた部屋の中、小さく座って震えながら、母が帰ってくるのを待っていた。

月の明るい夜だった。



結局、母は4時間ほど経った深夜に戻ってきた。

「よかった」と安心して、母に気づかれないように自分の布団に潜った。




母が「壊れて」しまったのは自分のせいだと思っていた。

自分が小学校に上がるから、母は義父母との同居を選んで、そのストレスで壊れてしまった。

自分が生まれて来なかった方が、母は幸せだったんじゃないのか。




「自分は生まれてくるべきではなかった」




母の怒鳴り声が聞こえるたび、何度も何度も、繰り返し心の中で唱えた。



家庭に響く怒鳴り声は、自分が18歳で家を出るまで、断続的に続いていた。