割に合わない孤独

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俺たちは勝者だ~♪
の歌詞の部分で嗚咽を漏らしてしまった。
映画ボヘミアン・ラプソディー。
あっという間に嗚咽を漏らす。
涙を誘う感情をこらえる筋肉が年を取ると衰えていくのだ。
某番組でも、おやじが親父ギャグを言うのは、ブレーキがきかなくなっているのが原因だと言っていた。
感情がガッとやってくると、止めることが出来ない。そのまま口に出していってしまう。面白いとか、面白くないとか、関係なし、親父ギャグは。
そんな感じの嗚咽だ。

俺たちは勝者だ~と見渡す限りの観客が肩を組んで大声で歌っている姿を観て、ああ、そうだねみんな勝者なんだよ、きっと誰かの、皆頑張って、必死になって戦ってんだ。
いろんな事があって泥にまみれたって、俺たちは勝者なんだ~なんて、思ったら、44マグナムで脳を射貫かれたように、勿論射貫かれたことはないが、きっと射貫かれたらこんな感じだと逆に断定できる感じで涙が出た。

人は皆誰かのために生きている。
仕事もそうだ。
誰かのためになることを皆が必死にやっている。仕事をするのは家族のため、自分のため、愛する人のため。
仕事も誰かのためだ、誰かがほしがるから、必要とするから仕事がある人がいる。
フレディ・マーキュリーも自分の音楽を聞いてくれる誰かのために、音楽を作っている。そこに訪れる孤独。ああ、孤独。
誰かのために必死にいきてんのに孤独ってさ、割に合わない。
家族のために夜昼問わず働いてんのに、遊んでくれないと家族に嫌われる父。
割に合わない。
世の中割に合わないことだらけ。
それでも俺たちは勝者だ~と歌い上げるフレディ。
なんだか音楽と人間と言うのですかね、音楽って改めてすごいなぁ~と言うのが率直な感想だった。

最近他力本願に関する本を読む。
親鸞の教えだけど、簡単に言うと、自分でなんとかする、変えていく自力本願で生きてはだめ、あくまでも阿弥陀如来の本願に従いなさいっていう考え方。
そのために僕らができるのは祈ること。
阿弥陀の本願を得るために祈ること。
現代に置き換えると、この祈りが芸術全般なのであるっていう本だった。
フレディは祈っている。皆の幸せを、神の本願を。
その音楽を聴いている観衆も祈っている。この世の平和を、我が身の幸せを。
そんなすべての人の本願のために祈るような、脚本をかきたいな~って、涙をぬぐいながらちょっと思った。