やっぱり人生は辛いことばかり。
だからと言って問題を抱えきれなくなった時の逃げ道は自殺?いや、そうではないと思います。
今日は聖金曜日、又はグッドフライデー。
全能の神の御子なるイエス・キリストが罪深い私達の身代わりとなって十字架にかけられた事を思い出す日です。
全ての人間の心には唯一存在する本当の神様にしか埋める事の出来ない深い溝があります。自分を創造した神と関係を持たなければ生きている意味なんて見出だせる訳がありません。
「わたしが道であり、真理であり、いのちなのです。わたしを通してでなければ、だれひとり父のみもとに来る事はできません。」ヨハネ14:6
イエス・キリストを信じなければ天国には入れませんという事です。
イエスは御子なる神でありながら人間を悪魔の鎖から解き放つためにすべての人間の罰を背負いました。イエス・キリストは一度も父なる神様に背く事なく完璧な人生を歩みました。神様という完璧な存在が人間という階級に降格して幾度となくむちで打たれ、その疲労に満ちた身体で十字架を背負い長い道のりを歩き、終いには釘で両腕と両足をうたれ私達のために何リットルもの血潮を流されました。
「しかし、彼は、私達の背きの罪のために刺し通され、私達の咎(とが)のために砕かれた。彼への懲らしめが私達に平安をもたらし、彼への打ち傷によって、私たちは癒された」ー イザヤ書53章5説
アダムとエバが神様の仰せに背き、善悪を知る木から果物を取って食べた瞬間、罪(神様に背く事)と言うウィルスが
全ての人間(生まれてなくても)の中に入りました。人間である以上罪人であると言う事になってしまいました。
そこでの人間への罰は永遠に神様と離れてしまう事、すなわち地獄で永遠に苦しむ事。神様は罪というものを見逃したり、大目にみることは出来なかったのです。そこで、完璧な御子を、人間イエス・キリスとして処女マリアに身ごもらせこの世にうまれました。そしてイエスキリストに罪への怒りをぶつけました。イエス・キリストは苦しみを耐えて、十字架を通して人間と父なる神様の間の仲裁人となりました。イエス・キリストを受け入れればすぐさまあなたの罪は赦(ゆる)され、神様との関係を持つ事ができ、死んだ後、永遠の命があたえられ、天国に入る事ができます。
この世の問題の解決策は金でも政治でもありません。イエスキリストの愛なのです。私達の身代わりとなるまで私達をあいされた神様です。今、神様は私達との関係を求めています。騙されたと思ってイエスキリストに祈ってみてください。神様はきっと貴方に語りかけるはずです。この記事は宗教の勧誘ではありません。エホバの証人やモルモン教の人達みたいに、ある集団に入らなければ神様に近づけないなど人を騙す目的は一切ありません。
ただただ私が個人的に体験している神様との素晴らしい関係を悲しみと混乱のどん底に居る方々と分かち合いたい、悪魔に打ち勝ったイエス・キリストと関係をもってほしいだけです。マジで人生変わるから 笑。イエス・キリストが私達の身代わりとなり、死に、3日目に甦(よみがえ)られた事を信じ、祈り、イエスキリストを主として受け入れるだけで神様と和解し、魂が救われます。そして永遠の命が与えられます。信じるものは救われる。すべては信仰なんですよ。
皆さんは今飢えていませんか?何か確かな物を求めていませんか?その答えはイエスキリストの愛です。
最後にもう一聖句。
「女が自分の乳飲み子を忘れようか。自分の胎の子を哀れまないだろうか。たとい女たちがわすれても(母が子を忘れても)このわたし(神)はあなたを忘れない」イザヤ書49章15節。神様より私達を愛せるものは存在しません。家族でも兄弟でも恋人でもありません。
読者のあなたは孤児かもしれない。養護施設で大変苦労されたかもしれない。それでも神様はあなたを忘れない、そして忘れていないと言っています。
もしイエスキリストを受けいれたならお近くの教会へ行ってみてください。質問があればコメントしてください。成るべく答えるにようにしますので。
以上。
プリシラでした。
