どうも
【弱者×無能×人見知り×どうてい×電話恐怖症×飛び込み恐怖症×強迫性障害】の30代七重苦営業マンです。
【この記事で学べる事】
・特になし
■工場で過ごした「変わらない日々」
僕の前職は、工場の機械オペレーターだった。
毎朝6時に起きて、7時半に出勤。黙々と機械の前に立ち、同じ工程を繰り返す。
人と話す時間よりも、機械の稼働音を聞いている時間のほうが圧倒的に長かった。
それが嫌だったかというと、そうでもない。
むしろ僕には“居心地が良かった”のだ。
人見知りで、話すのが苦手。
誰かに話しかけるたびに、頭が真っ白になって、言葉が出てこない。
飲み会や雑談なんて、拷問みたいな時間だった。
だから、無言でいられる工場は、ある意味で「逃げ場」だった。
ただ、そんな日々を続けていたある日、ふと気づいた。
――このまま、何も変わらずに年を取るのかな、と。
周りを見渡すと、同じ職場の先輩たちは40代、50代になっても、
同じ機械の前に立ち続けている。
給料は上がらず、愚痴をこぼしながらも、毎日が淡々と過ぎていく。
その姿に、「未来の自分」を重ねてしまった瞬間、胸が締め付けられた。
「俺も、このまま終わるのかもしれない」と。
■“変わりたい”という焦り
正直に言えば、特別な夢なんてなかった。
ただ、「このままではいけない」という漠然とした焦りが、
僕の中にずっとくすぶっていた。
学生時代から、人間関係が苦手だった。
恋愛経験もゼロ。人と話すことが怖くて、避けてばかりいた。
社会人になっても変わらない。
職場の飲み会も避け、休日はひとり。
“平穏”という名の孤独を、ただ繰り返していた。
でも、30歳を過ぎたころ、その「平穏」は少しずつ「恐怖」に変わっていった。
このまま、何も変えずに歳を重ねたら、自分はどこにも居場所がなくなる。
スキルも、自信も、人との繋がりもないまま、ただ年を取っていく未来を想像したとき、心が冷たくなった。
――俺は、このまま終わっていいのか?
その問いが、ずっと頭の中で鳴り響いていた。
■最も自分に向いていない“営業”という選択
転職を考え始めたとき、最初に除外したのが「営業職」だった。
話すのが苦手、人前が苦手、電話が怖い、飛び込みなんて地獄――
営業だけは、絶対に向いていないと思っていた。
でも、同時に、心の奥で小さく囁く声があった。
「どうせ変わるなら、いちばん無理だと思うことに挑戦してみろ」と。
僕は“無謀な挑戦”を決めた。
営業の世界に、飛び込むことを。
面接では緊張で声が震え、うまく話せなかった。
電話が鳴るたびに手が震え、飛び込み営業の前日は眠れなかった。
人と話すだけで汗が出て、頭が真っ白になる。
最初の数か月は、失敗ばかりだった。
それでも、辞めようとは思わなかった。
なぜなら、その苦しさの中に、
「変わろうとしている自分」を感じられたからだ。
■“無能”と呼ばれた新人時代
入社初日から、周りとの差に愕然とした。
同じ新人でも、他の人たちは堂々と話して、笑顔で商談をしていた。
一方の僕は、名刺交換ひとつで手が震え、声が裏返る。
上司からは「もっとハキハキ話せ!」と叱られ、先輩には「お前、営業向いてないな」と笑われた。
成績は常にビリ。
毎月のノルマは未達。
社内ランキングでは最下位が定位置だった。
帰り道、電車の窓に映る自分の顔が情けなくて、何度も「なんで俺、営業なんか始めたんだろう」と呟いた。
それでも、辞めなかったのは――
「このまま終わりたくない」という気持ちが、まだ消えていなかったからだ。
■“話せない営業”が気づいたこと
ある日、先輩に同行して営業に行ったときのこと。
先輩は冗談を交えながら、テンポよく会話を進めていた。
相手も笑って、和やかな雰囲気。
「これが営業か…」と思った。
だけど、自分が同じようにやろうとすると、空回りした。
無理に明るく話そうとして、声が上ずり、変な間ができる。
そのたびに、相手の表情が引き締まっていくのがわかった。
――自分は“営業トーク”では勝てない。
そんなとき、あるお客様がふと僕に言った。
「君ってさ、変に営業っぽくないから、話しやすいね」と。
その言葉が、僕を救った。
“話せないこと”が弱点じゃないかもしれない。
“無理に話さないこと”が、むしろ信頼になるかもしれない。
そう気づいてから、少しずつ営業のやり方を変えた。
話すより、聞く。
説得するより、共感する。
自分を大きく見せず、正直に話す。
営業の世界では「しゃべる力」が重要だと思っていたけれど、
本当に大切なのは“聞く力”だった。
■“聞くこと”で道が開けた
「この物件、どう思いますか?」と質問するより、
「どんな暮らしが理想ですか?」と聞いたほうが、
相手は驚くほど心を開いてくれる。
「売る」ことを目的にせず、「相手の本音を知る」ことに集中した。
すると、不思議なことに、少しずつ契約が決まり始めた。
初契約の日、帰り道で涙が出た。
「やっと報われた」という気持ちと、「“話せない自分”でもいいんだ」という安堵が入り混じっていた。
結果的に、営業成績は少しずつ上がっていった。
社内での評価も変わり、後輩に教える立場にもなった。
だけど、それ以上に嬉しかったのは、
「あなたが担当で良かった」とお客様に言われた瞬間だった。
その一言が、何よりの報酬だった。
■“弱者”だから見える景色
僕は今でも、人見知りだし、電話が怖い。
飛び込み営業はできれば避けたい。
完璧な営業マンには、きっと一生なれない。
でも、弱い自分を隠さなくなってから、人との関係は、ずっと深くなった。
強がらず、できないことはできないと言う。
相手の話を最後まで聞く。
嘘をつかず、誠実に向き合う。
それだけで、少しずつ信頼が生まれることを知った。
僕は“弱者の営業”でいいと思っている。
無能でも、人見知りでも、どうていでも、電話が怖くても。
それでも、自分の弱さを受け入れて前に進めば、
ちゃんと結果はついてくる。
■“挑戦”が僕を人間にした
あのまま工場で働き続けていたら、
きっと今の自分はいなかった。
“安定”の中で、ゆっくりと心が死んでいったと思う。
営業という世界は、僕にとって修行だった。
怖さも、苦しさも、恥ずかしさも全部味わった。
でも、その中で初めて“人と向き合う”ことを学んだ。
逃げ続けていた「他人」と「自分」に、ようやく正面から向き合えるようになった。
今も決して順風満帆ではない。
でも、あのとき勇気を出して一歩踏み出した自分に、
心から「ありがとう」と言いたい。
営業は、僕を変えた。
いや、“営業を選んだ自分”が、僕を変えたのだ。
■最後に
営業の世界に入ってから、僕はようやく「生きている実感」を得た。
苦手なことに飛び込んだことで、
自分がいかに臆病で、いかに不器用で、
それでも変わろうとする力を持っているかを知った。
“できない人間”でも、変わることはできる。
“弱者”でも、努力すれば道は開ける。
僕が営業の仕事を選んだ理由は――
「このまま終わりたくなかったから」
それだけだ。
ではまた