今朝、夢の中で、「あなたの長い手だけが頼りです」という、ちょっと意味深な手紙を母親(60代)からもらいました。そんな敬老の日にちょっとだけ考えてます、親孝行。
我が家は祖父母が全員他界しているので、「ありがとう」を伝えるなら、両親になるのでしょうか? でも60代って「老」なのかしら? 今の時代の60代って自分が小学生だったときに祖父母が60代だった頃よりも若いイメージがありますがどうなんでしょう?
広義に解釈して、「年上を敬う日」とすれば違和感はないのでしょうけども。
そんな日に、ちょっと浮かんだ1冊。
新「親孝行」術 (宝島社新書)/みうら じゅん

¥756
Amazon.co.jp
本書の内容はとっても明快。「親孝行とは『プレイ』である」と。
一読した際には、「ふざけてるの?」って思ったけど、著者の心底には「親は大切にしないとけない」という気持ちがある。でも、なかなか行動に移せない。だから「『子』としての自分を『演じる』」ところから「親孝行」のとっかかりをつくろうってわけですね。
著者も書いてるけど、「演じる」ことは悪ではないと思います。最終的に「本物」に昇華していけたならそれが理想でしょ。
「敬老の日」に両親の顔が浮かぶようになったというのは、きっと自分は「親はもう若くない」と思ってるわけですな。長くても残り数十年といったところでしょうか。
子として親に何を与えられるか考えさせられますし、人生の選択にも影響されそうです・・・。
我が家は祖父母が全員他界しているので、「ありがとう」を伝えるなら、両親になるのでしょうか? でも60代って「老」なのかしら? 今の時代の60代って自分が小学生だったときに祖父母が60代だった頃よりも若いイメージがありますがどうなんでしょう?
広義に解釈して、「年上を敬う日」とすれば違和感はないのでしょうけども。
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著者も書いてるけど、「演じる」ことは悪ではないと思います。最終的に「本物」に昇華していけたならそれが理想でしょ。
「敬老の日」に両親の顔が浮かぶようになったというのは、きっと自分は「親はもう若くない」と思ってるわけですな。長くても残り数十年といったところでしょうか。
子として親に何を与えられるか考えさせられますし、人生の選択にも影響されそうです・・・。



