思いつくまま 色々と綴る   それをお許しください。
 義父が 亡くなってしまったのは、7月1日。
今年は とても 暑かったですね。
食事を とることと歩行が困難になり、自宅で義父を介護するのが 困難になりました。
それで、入院になりました。
 コロナのこともあり、近所の病院で面会が容易い所を選びました。
  病院の面会は 少し厳しいものでした。
時間制限とか、家族制限とかぐすん
  義父は とても 精神の強い人でした。
でも 淡々と  精神とか、比較するとかなく、自分の生きたいを探していたように思います。 ショボーン

   義母が義父に寄り添いましたが
 限界がきていました。

 義父にも 義母にも  どっぷり寄り添うことができなくて
  でも   そんな ものかもショボーン

歳をとるのは  どうして  こんなに ふたしかで あやふやなものなのでしょうか?
認知症  でしたけどぐすん

義母は  義父 亡きあと  手に入れた自由と 折り合いがつません。

    時間は そんな ことにはお構い無く
どんどん 時間を重ねます。
 
 子どもは  どんどん大人になります。

  人間は  どんどん 歳をとるのですね



いただいた 花を無駄にしないように
嫁のつとめを はたしましょう

おいおい  つとめとか 嫁って 何?

 コロナ禍なので 葬儀は身内だけの家族葬にしました。ぐすん
  で ご近所など 義父の生前の付き合いのあった方々には 大変に申し訳なかったのですが、報告を あえて しませんでした。
 喪中を知らせるハガキを出したら 多くの方々から お供えをいただいてしまいました。
   義父が亡くなってから お花がたえません。ガーベラ
ご近所からいただいたり、月命日にお参りくださったり。ガーベラガーベラガーベラ
 嫁は それを 淡々と  いけて いくのみです。ニコ



義父が亡くなりました。
  それは それは あっけなく。
残された家族は あわただしく 見送ること と コロナ禍に あっても 淡々としていることでした。
義父は、人徳者だったのかもしれません。お供えを持って来てくださる方々が
たえませんでした。
義父他界後  4ヶ月以上たちますが
残された家族のバタバタです。笑い泣き