ほんとに世の中、いろいろなタイプの人がいる。
身近で違う世界の人として見てしまいがちなのは、芸能人、政治家、アスリートなどといった彼らは、テレビを通して見ることができる、一番人口が多いだろうとされる一般社会人の生き方とは違う生き方をする人たちである。
しかし、そうでなくても、仕事に関していえば、ビジネスが得意な人もいれば、ビジネスは苦手だが、職人としての技術を得意とする人もいる。
それぞれ、人には、それぞれの立場で活動していることで得る価値観というものがある。
その価値観は、彼らの経験から来るものであり、違う世界に住んでいる人と必ず同じ価値観というわけではない。
たとえば、ブログ書く人の中にも、自分の思いを語る人もいれば、アフィリエイトなどをして、プチビジネスを目的とした人もいるというのに似ている。
同じものを活用するとしても、前者は、書くことで自分の心を整理したり、気付きを発見できたりすれば、その経過で自分なりに得た感覚、それが自分の価値観になっていく。
後者のような人は、視点はビジネスなので、いかにビジネストークで読者を増やすか、リンクを張るか、仲間とコラボするかといった、ビジネスライクな発想を得て、ブログの活用法などに気付き、そこから得た回答によって、価値観が築かれていく。
その両者が、たまたま何かのきっかけでブログについて語り合う機会があったとしたら、ということを考えてみよう。
それぞれのブログに対する考えや価値観は、目的の違いによって、必ずしもすべてが一致するわけではない。つまり、価値観が違うということだ。
しかし、一方が、自分の価値観をすべて正しいと思いこんで意見を主張したとする。
すると、相手は、自分の価値観と違うので、やはり自分の主張をする。
おそらく、両者が大人ならば、どこかでゆずりあうだろうが、一つ間違うとケンカに発展することだってあるだろう。
何が言いたいかというと、自分の価値観が、相手の価値観と同じであるとは限らないということだ。
自分と同じフィールドで動いている人とはおそらく共感できるものも多い。
しかし、違うフィールドにいる人とは、共感を得られないことも多いということ。
だから、価値観の押しつけはしないほうがいい。
でも、意見が対立しあったときどうするか。
お互いに話しあえる関係ならばとことん議論するのも勉強になるだろう。
しかし、あまり面識もなく、ましてや相手が価値観を押しつけてきて、不愉快な思いを少しでもしたならば、それ以上は積極的に関わらない方がいい。
では、どうやって相手の挑戦を断ろうか?
それは簡単だ。
「そうですね。あなたがそうおっしゃるからきっとそうなのでしょう。」といって折れるといいと思う。
反論などしたら、そもそも価値観が違うのだから、かみ合うところはなく、永遠に平行線だろう。
人の価値観なんてそうはすぐに変えられないから。
そこで言い合いをしてストレスを溜めることは、よくない。そして、なんとしてでも自分の意見を通そうとする強烈な負のエネルギーが発生するから、後味もとても嫌なものになる。
”言ってやった"と思って、気分がスッキリしたかと思えば、そうではなく、逆に無駄なエネルギーを使ったことにストレスを感じることだろう。
だから、最後は、「お互いそれぞれの分野で頑張りましょうね。」とクローズしておけばいいかな。
実はこれ、齋藤ひとりさんがよくおっしゃていることなのだ。
ひとりさんの本を読んでいると、「相手が自分と違う意見をいっても同意してあげるんです」(言葉は違うかもしれないが、ニュアンスはそういうこと)。とよく書いてある。
血の気が多かった頃の私にとっては、わかっていても、そう簡単に出来ることではないな、と感じることも多かったけど、今はとてもそのことを理解できる。
それは、相手から逃げることではない。相手の言っていることはその人にとったら正しいことなのだ。
そして自分が言うこと、自分にとったら正しいことなのだ。ただそれだけのこと。
だから「相手は正しいことを言っているのだな」と思い、一つの意見として参考にすればいいと思う。
争わないほうが平和だもの。
もちろん、仕事で同じプロジェクトを勧めなければならないとか、同じ目的に向かって走っている同士であれば、とことん議論すれば、きっとまた新たな気付きを得るし、相手を理解することもできるから、時には議論も必要です。
そんなわけで、結論として言いたいこと。
「価値観の押しつけはいけないよ」、ということです。
でも、価値観の押しつけは、親や家族関係には日常茶飯事ですけどね。
身内といえども、親だろうと、子だろうと、相手の立場をある程度考えた上で自分の価値観を伝えるべきだよな、って私は感じます。
でもその根本は、「思いやり」です。思いやりがあれば、価値観を押しつけるような発言にはなりません、きっと。
微差力/斎藤 一人

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身近で違う世界の人として見てしまいがちなのは、芸能人、政治家、アスリートなどといった彼らは、テレビを通して見ることができる、一番人口が多いだろうとされる一般社会人の生き方とは違う生き方をする人たちである。
しかし、そうでなくても、仕事に関していえば、ビジネスが得意な人もいれば、ビジネスは苦手だが、職人としての技術を得意とする人もいる。
それぞれ、人には、それぞれの立場で活動していることで得る価値観というものがある。
その価値観は、彼らの経験から来るものであり、違う世界に住んでいる人と必ず同じ価値観というわけではない。
たとえば、ブログ書く人の中にも、自分の思いを語る人もいれば、アフィリエイトなどをして、プチビジネスを目的とした人もいるというのに似ている。
同じものを活用するとしても、前者は、書くことで自分の心を整理したり、気付きを発見できたりすれば、その経過で自分なりに得た感覚、それが自分の価値観になっていく。
後者のような人は、視点はビジネスなので、いかにビジネストークで読者を増やすか、リンクを張るか、仲間とコラボするかといった、ビジネスライクな発想を得て、ブログの活用法などに気付き、そこから得た回答によって、価値観が築かれていく。
その両者が、たまたま何かのきっかけでブログについて語り合う機会があったとしたら、ということを考えてみよう。
それぞれのブログに対する考えや価値観は、目的の違いによって、必ずしもすべてが一致するわけではない。つまり、価値観が違うということだ。
しかし、一方が、自分の価値観をすべて正しいと思いこんで意見を主張したとする。
すると、相手は、自分の価値観と違うので、やはり自分の主張をする。
おそらく、両者が大人ならば、どこかでゆずりあうだろうが、一つ間違うとケンカに発展することだってあるだろう。
何が言いたいかというと、自分の価値観が、相手の価値観と同じであるとは限らないということだ。
自分と同じフィールドで動いている人とはおそらく共感できるものも多い。
しかし、違うフィールドにいる人とは、共感を得られないことも多いということ。
だから、価値観の押しつけはしないほうがいい。
でも、意見が対立しあったときどうするか。
お互いに話しあえる関係ならばとことん議論するのも勉強になるだろう。
しかし、あまり面識もなく、ましてや相手が価値観を押しつけてきて、不愉快な思いを少しでもしたならば、それ以上は積極的に関わらない方がいい。
では、どうやって相手の挑戦を断ろうか?
それは簡単だ。
「そうですね。あなたがそうおっしゃるからきっとそうなのでしょう。」といって折れるといいと思う。
反論などしたら、そもそも価値観が違うのだから、かみ合うところはなく、永遠に平行線だろう。
人の価値観なんてそうはすぐに変えられないから。
そこで言い合いをしてストレスを溜めることは、よくない。そして、なんとしてでも自分の意見を通そうとする強烈な負のエネルギーが発生するから、後味もとても嫌なものになる。
”言ってやった"と思って、気分がスッキリしたかと思えば、そうではなく、逆に無駄なエネルギーを使ったことにストレスを感じることだろう。
だから、最後は、「お互いそれぞれの分野で頑張りましょうね。」とクローズしておけばいいかな。
実はこれ、齋藤ひとりさんがよくおっしゃていることなのだ。
ひとりさんの本を読んでいると、「相手が自分と違う意見をいっても同意してあげるんです」(言葉は違うかもしれないが、ニュアンスはそういうこと)。とよく書いてある。
血の気が多かった頃の私にとっては、わかっていても、そう簡単に出来ることではないな、と感じることも多かったけど、今はとてもそのことを理解できる。
それは、相手から逃げることではない。相手の言っていることはその人にとったら正しいことなのだ。
そして自分が言うこと、自分にとったら正しいことなのだ。ただそれだけのこと。
だから「相手は正しいことを言っているのだな」と思い、一つの意見として参考にすればいいと思う。
争わないほうが平和だもの。
もちろん、仕事で同じプロジェクトを勧めなければならないとか、同じ目的に向かって走っている同士であれば、とことん議論すれば、きっとまた新たな気付きを得るし、相手を理解することもできるから、時には議論も必要です。
そんなわけで、結論として言いたいこと。
「価値観の押しつけはいけないよ」、ということです。
でも、価値観の押しつけは、親や家族関係には日常茶飯事ですけどね。
身内といえども、親だろうと、子だろうと、相手の立場をある程度考えた上で自分の価値観を伝えるべきだよな、って私は感じます。
でもその根本は、「思いやり」です。思いやりがあれば、価値観を押しつけるような発言にはなりません、きっと。
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。
、燃えすぎも
、悩みすぎも
、いい結果に結び付かないのだな、ということです!