見ちゃいました。はい。
第1話としては世界観を伝え情報を整理し見せ場を作って引きも作ると、流れは良かったと思います。
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シズマの台詞「夢見る未来を手に入れるため、自分に何ができるのか、それは誰も教えてはくれない」「自分自身で出さなきゃいけない答えもある」は、『ウルトラマンダイナ』50話でのダイゴの台詞にインスパイアされたものではないでしょうか?
———「僕も…君と同じだった…何故戦うのか! 自分は何者なのか! …誰かにその答えを教えて欲しかった……。
でも最後には自分で出さなきゃならない答えもあるんだ…人としてできること…それは自分自身で決めるしかないんだ」———
『トリガー』ではティガが戦っていたことは過去の史実になってるみたいですから、単なるオマージュではなく、ダイゴという青年の経験論をシズマの口から語っている ということになるかもしれません。
この台詞めちゃくちゃ僕が好きな台詞で、ダイゴを象徴するような一面もありながらアスカを、そして『ダイナ』という作品をサポートし『ティガ』とも結ぶめちゃくちゃ重要な台詞なんですよね〜。
まず読んでてとても悲痛な叫びがありますよね。
ダイゴはある日を境に突然ティガに変身する力を得たわけですが、そのことをキリエル人に、キリノ・マキオに、マサキ・ケイゴに、強く咎められるわけですよね。自分自身ずっと悩んできたわけです。意識が変わったのはギジェラの回でしょうか…なんと全人類の幸福を天秤にかけて決断しなくてはならない事件でした。そういった苦悩と戦いの歴史が台詞に詰まっています。
でも自分で答えを出したんです!そこが偉い!そして最終回を戦い抜いた…。そんな自分をダイナの最終章で振り返って言葉にした。ダイナがティガから時間と世界を引き継いでいるからこそ実現したことですね。
そしてこの台詞を受け取るアスカ。
アスカはこの時、非常に傷つき悩んでいたんですよね〜。
アスカもまた突然ウルトラマンダイナに変身する力を手に入れ、最初は戸惑っていました。3話では強大な力を勘違いして調子に乗ってしまい、結果的に隊長を怪我させてしまう事件を起こしたり。そうこうしてる中で覚悟を決め・力を受け入れ・ウルトラマンダイナとして戦ってきたわけです。
ところが最終章1にて、あのゴンドウ参謀が人造ウルトラマンを建造! 起動のため光を持つアスカを誘い出して、そのガチガチに固まった地球防衛の熱意からこう吐き漏らすんです、、「なぜ、お前がウルトラマンなんだ」と………
初めて自分の正体を知る人間に言われた一言がこれというのはキツすぎる…Σ‼︎ もう一度"なぜ自分がウルトラマンなんだ?"という問いが襲ってくるわけです。
さらに実験のため瀕死の状態になり、それでも変身して強敵ゼルガノイドを倒すも、心身ボロボロの状態で火星の地に倒れてしまう…。
そんな状態で助けてくれたのが前のウルトラマン・ダイゴであり、かけられた言葉が、あの台詞なんですねぇぇ〜〜。
もうここまで書いただけでも超ヘビー級の奇跡のクロスオーバーなわけですよ。。
「人としてできること」について言及してるのもポイントですよね。光=ウルトラマンとしてではなく、一人の人間としての答えを 2人は求めていたのですね。
そしてこの最終章、アスカも自分自身で答えを見つけるんです…!そこにエンディングテーマが絡んで、むちゃくちゃドラマチックに熱く展開していくんです!!!(熱
隊長をはじめTPCのメンバー達も志を一つに最後の敵に立ち向かっていくんですがそのテイストがまたアスカの答えとマッチしていて…すごく感動するんですよね。
この台詞はですね、突然大きすぎる力を持った2人の主人公の苦悩と希望を結びつけ、2つの作品を繋ぎながら幕を下ろす超重要台詞の一つというわけです。。
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とまぁ、思い入ればかり強いので、、シズマの口から似た感じの台詞が出たとき「それっぽい感じで使われたけど、なんか用法が違うな〜…」とちょっと残念な気持ちになりました。
やっぱり光の力を持った後とか、誰にも言えない悩みに対して使われるとよかったのかな?
もちろん、『トリガー』が勝負するのはオマージュ要素ではなくオリジナル要素であるはずなので、この台詞の扱いが全てを決めるわけではないんだけど…
このシーンで一番知りたかった「植物に夢中なケンゴが闘う意志を持ち、変身する決意を固める」っていうプロセスが全く理解出来なくてですね…
会話はチグハグだし 笑顔にしたい願望が戦う理由になるの飛躍しすぎだし、ケンゴに対してうまく感情移入できなかったんですよね。
あと「誰も教えてくれない」って言いながら「これを手にするんだ」って教えちゃうっていう…ここはやっぱりティガダイナファンとして頂けない←
うーん過去作要素を(しかも過去作視聴者を対象にするなら)持ち出すときにはただ引用するんじゃなくて+αの感動がほしいですね。