jaggcoat 前田のブログ

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鳥取県米子市で音楽活動をしているjaggcoatのギターボーカルの前田のブログです。


先日、父が亡くなりました。


78歳。


数年前から足が弱り、リハビリを続けていましたがいろいろな病気を併発してしまい、何度も入退院を繰り返していました。


入院をしてしまうとやはり体の機能が少しずつ落ちてしまい、また一つまた一つという具合に出来ない事が増えていきました。


杖で歩けていたのが腰を支えてないといけなくなったり、それも出来なくなり車椅子になったり。


排尿障害、痰の吸引、誤嚥の恐れ等もあり施設に入っていましたが、そこで肺炎になってしまい、病院に移った時にはもうギリギリだったのだと思います。



父とは別に仲が悪かったわけでは無いのですが、あまり会話の無い親子だったと思います。

自分が小さい頃も父はずっと仕事ばかりしていたので、どこかに連れて行ってもらった事や一緒に何かをした事の思い出がずいぶんと少ないように思います。

もちろんしっかりと育ててもらったし、悪い事をしたら思いっきり怒られたりもしました。

でも大人になってもお互いに距離の取り方が上手では無く、言いたい事や聞きたい事もあるのにすれ違ったり変にぶつかってしまうような関係でした。


だから変な話、父が体を壊してから距離がぐっと近くなりました。

自分の仕事はわりと時間の融通が利くのでデイサービスの送り出しや迎えもできたし、リハビリの送り迎えや病院の付き添いもできました。

オムツも変えたし髪を切ったり。

なのでやっとそこでちゃんと家族になれたような不思議な感覚でした。

だから自分にできる事は何でもしてやろうと思いました。

施設に入ってからは寂しい思いをさせないようにできるだけ一緒にいるようにしていました。

正直、体力的にきつい時もありましたが今のこの時間を大切にしないとずっと後悔するような気がして頑張れたように思います。



最後肺炎になり病院に移ってからは喋れなくなっていましたが、手を握ると力強く握り返してくれていました。

痛いよと言っても治るから大丈夫って伝えているかのようでした。

その痛さが少しだけ嬉しくて、この爪の跡がずっと残ればいいのにと思ったりもしました。

でももうそうやって手を握る事しか自分には出来ない事も本当は分かっていました。

この体温を忘れない、忘れたくないとずっと心の中で繰り返していました。

もう少し時間がほしい、まだ待ってほしいと願っていました。



深夜だった為、死に目には間に合いませんでした。

病院に着いた時には繋がれていたはずのたくさんの管が外されていて、ただただ静かに眠っているようにしか見えませんでした。

その時に自然と出た言葉が

「ありがとうな」でした。

こんなに何気ない言葉がきっと何よりも大切だと思えた瞬間でした。

ずっと言いたかったけど照れくさかったからなのか、全然言えて無かった言葉。

生きているうちに言えば良かったなと本当に思いました。

親不孝な息子でした。



それからは通夜、葬儀でバタバタで数日の記憶が無いくらいに過ごして、今はなかなか複雑な手続きに右往左往している真っ只中です。

でもまだいなくなった事に慣れていないのか、夕方になると「施設に顔を見に行ってから残りの仕事を片付けるか」とふと考えてしまう事があります。

なので当たり前ですが何だかぎこちないような毎日です。



なのでこの数年は音楽やブログもずいぶんと疎かになってしまってました。

少しずつですがいろいろと出来る事からまたやってみようと思います。