スポーツクラブの友人の一人に、もうすぐ90歳に届きそうな人がいる。もちろん元気で、時々あちこちへふらりと出かけ、色々私に新しい知識を分け与えてくれる。

昨日、私はサウナだけに出かけたが、帰りがけに声を掛けられた。
「熊谷の近隣の根岸友山って方をご存知ですか?」と。私が県北の出身であるので尋ねてきたのだ。
「さあ、存じませんけど。中学、高校のクラスに根岸って人はいましたが」で話が始まる。

天気が良いので、ご夫婦で出かけた先に、素晴らしい長屋門を見つけ、その入り口に、先日亡くなった俳句の大御所、金子兜太氏の句碑があったとか。彼はその句をメモも何も見ずに、さらさらと吟じた。

「そうもうのしん ゆうざんに はるつくばね(草莽の臣 友山に 春筑波嶺)」

私はチンプンカンプン。そうもう?しん?ツクバネって?羽根つき?全く分からない。音だけ聞いてもわからない。文字を書いてもらっても理解できない。解説に耳を傾ける。

草莽とは草むした状態で、草莽の臣とは官に使えず在野の人のことだとかで、旧制中学、大学も文学部を卒業した彼も知らず、自宅で漢和辞典を引いてわかったとか。孟子の書に出てくる慣用句らしい。金子兜太氏の博識に、毎度のこと、驚かされる。

根岸友山という人がどんなことをやった人かしらないが、中央省庁の官僚とならず、民間で活躍した人に違いない。現在トラブル続出の官僚を、筑波山を眺めながら、どんな気持ちでいるのか。世の中には年月を経るに従い、人々の記憶から遠くなってしまう、立派な人が多くいるものである。セラヴィ。