昨年の秋から生来の出不精が悪化し、あまり映画を観なくなっていた。
まったく観ないわけではなく、毎月1~2本は観ているのだが、それまでのように月に4~5本も観ることはほとんど無くなっていた。
そんな状態が1年近く経ったこの秋、9月下旬から今日までの約2週間で、『パターソン』『オン・ザ・ミルキーロード』『エタニティ』『七日』『プールサイドマン』『50年後の僕たちへ』『ELLE』と立て続けに7本の映画を観た。
『七日』と『プールサイドマン』は故郷の栃木県で映像制作活動を行っている監督・渡辺紘文氏と音楽監督・渡辺雄司氏の兄弟と、撮影監督・方又玹氏による映像制作集団「大田原愚豚舎」の作品で、
『七日』は9月下旬の一週間限定上映、『プールサイドマン』は10月初旬から2週間限定で、どちらも新宿武蔵野館でのレイトショー上映だったので、夜の新宿に2週間で2度も上京してしまった。
地元・横浜での仕事を終えてから湘南新宿ラインで新宿に上陸するという、他の映画だったら面倒臭くて絶対にやらないが、今この時を逃したら次いつ観るチャンスが巡ってくるのか分かったものではない!という特殊な状況。
『七日』は9月下旬の一週間限定上映、『プールサイドマン』は10月初旬から2週間限定上映だったので、夜の新宿に2週間で2度も上京してしまった。
勝手気ままに、製作者の意図を理解出来ていないかもしれない、いつもの馬鹿丸出しの感想を書いてみる。
まず『七日』。
これは北関東でおばあさんと2人暮らしの牛飼いの男の7日間を描いた、一切の台詞を排したモノクロ映画(1ヵ所だけおばあちゃんが話しかけて?いる部分があるが、まるでBGMのようにスルーしている)。
日々を黙々と働いて過ごす男の生活は単調で、特に何のドラマもない。
これが素晴らしい。
私の日々の生活も、これまた特に何のドラマも無い。それを自分自身でふと顧みるとき、この一刻一刻はただ単に過ぎて行くだけの時間なのか、自分でも気づかない“何か”を積み上げている最中なのか…?とフト思うことがある。
そんな毎日を、例えばフィルム等の記録に残していてもつまらないんだろうなあ、それとも後年その記録を見ることがあった時は、何かを感じることはあるんだろうか?などと埒もないことを考える。
そして、そんな映画があったら、自分はどんな感想を持つんだろうか?と思っていたのだ。
そしたら!この『七日』である。
このような映画を本当に撮る人がいるとは思わなかった。
だから、観て本当に驚いた。
月曜日から金曜日まで、毎日同じ事の繰り返し。
朝の歯磨きからゴミ出し、朝食、洗濯物干し(ただ調理と洗濯のシーンは無い)、歩いて牛舎まで行くシーン、牛舎の掃除、牛の餌やり、搾乳(この牛舎の牛は肉牛ではないようだ)、糞で汚れた藁の始末、帰りも歩きで延々と家路を辿り、クラシック音楽を聴きながら(クラシックのTVなのかラジオなのかいまいち不明)の夕食、食器洗い、何を考えているのか分からない主人公。
そして次の朝、いつものように歯を磨いてゴミ出しをして朝食&洗濯物干、牛舎への出勤、牛舎の掃除&餌やり、藁始末、家路を辿り、夕食…と続く。
毎日同じ事の繰り返し…ではあるが、ある時は布団に寝転がって寛いで本を読み、ある時は夕飯で膨れたお腹を晒して居間で寝ている(そのお腹をおばあちゃんがボン、ボン!と叩くシーンが微笑ましくて楽しい)…というように、前日になかったちょっとしたシーンもところどころ挿入されている。
風の音も時々で違うし、昨日は何も通らなかった道に、今日は車が通る。
天気予報とは全然違うお天気、当たりそうでまるで当たらないのは現実と同じ。
風の強さは日によって違ったり、お日様の当たり加減が違っていたり、日々は単調でも自然はそうじゃない。
牛舎~家路までの道も、月曜と火曜、水曜、木曜、金曜、と映される道の箇所がちょっと違っていたりして「あれ、この道は前日の道とちょっと違う」と思ったら、その道を曲がると「あ、前日の道だ」とか。
そんなあまりにも些細な違いを観るのは楽しかった。
単調な日々に差し込まれる、朝食時に流れるTVのニュース、夕食時に流れる美しいクラシック音楽、本、風の音、牛の表情、視線、鳴き声、それも日々少しづつ違うんだろう、多分。分からないけど。
(昼食シーンでは風の音が最も強い。『そして泥船が行く』でも思ったが、大田原市の風は普段からあんなに強いのだろうか?)
家~牛舎の道のりは、実際に歩くとどれくらいあるんだろうか?けっこうな距離があるようだが、車やバイク、自転車を使わないのはナゼなのか?あれだけの道のりを毎日毎日歩いてウンザリしないのか。
自分のモノグサ加減を振り返って、忍耐力というか、無精をしない姿勢は尊敬に値する(というほど大袈裟なことではないのかもしれないが)。これは徒歩出勤のことだけではない。
美しい毛並みが映える牛たちの姿が、大切にされていることを物語っている。牛の表情が可愛くて素敵なんだな、これが。正確で誠実な仕事をする人柄が表れている。
そして、食事のシーン。
「ちゃんと」「食事」をしている。私のように“ながら食い”などしていない。
ひとつひとつのおかずや漬け物を「きちんと咀嚼」している。
私は漬け物が苦手でなかなか食べられないのだけど、美味しそうな音をさせていた。
いかにも美味しそうという演出シーンではないが、日本ならではの食卓のゴハンをじっくり味わってみたくなってしまう。
“ながら食い”は良くねーなー、見習え自分!と自身に警告してしまいたくなる程、きちんとした食事を摂るんだなこれが。見習おう、うん。と、映画の筋とは関係ない感想を書く私って一体どういう生き物なんだ。
自分でもよく分からない。この際、意味不明のアイデンティティは無視して、これ以上脱線する前に映画の感想に戻ろう。
…とまあ、こんな感じで男の日々の仕事風景が繰り返される。
毎日同じ、といっても雨の日は早上がりなのか、ずっと明るい内に帰宅していた。
生き物相手だから休日はないだろう、土日も牛舎に出勤するんだろうと思っていたら、違った。
土曜日は男のご両親なのか、ご先祖様なのか不明だが、これまた長そうな距離を歩いてのお墓参り。
日曜日は駐車場と思しき場所で独りキャッチボール。
同居人のおばあちゃんはいるが、トコトン孤独な主人公なのだ。
台詞が全くなく、分かりやすい感情表現もない。
けれど、そこはかとなく滲む、単調な日々の中に見え隠れする諦観のような感覚や孤独感。
この映画で特にクローズアップされるのは、男の孤独感だろう。
その一方、堅実で変わらない毎日への安心感も、無意識の底にあるのではないか、とも思う。
そして、ところどころに流れる民謡が素晴らしい。
何の歌かわからないけど、どこかの地方の伝承音楽なのか。
寂寥感を覚える一方、豊かな感情が秘められているような…私の心に風を吹き込まれたような歌。日本人の心に風が吹き抜ける歌だと思った。
外国人が聴くとどんな感じなんだろう。
本筋に関係なくどうでも良いのだが、土日の牛の餌は誰が与えているのか、その間の牛舎の掃除はどうなっているのか、とか気になってしまった。内容とは何の関係もないけど。そんなこと説明する必要の無い映画だけれど。
日本人ならではのゴハン、食べたい。
って、ホントどうでもいいこと書いてんな、私。多くの人が寄せる感想の中で最もマヌケな感想かも。いつもの事だが。
ダラダラ書いていたら長くなってしまった。これもいつもの事。
『プールサイドマン』の感想は別にしよう。
