こんにちは、いろはつづりです。

 

悩む暇があったらまず動けって言葉があるけど、

種類によっては無理なこともあるよね。

 

動きたいのに動けない自分がいる…精神的 or 内面的原因があって動けない

どうせ…という言葉が付きまとう

 

そんな人は急がずに思い悩んで。 

思い悩んで思い悩んで沢山思い悩んだら動く。

動くというか、もう動かざるをえなくなる。 

 

葛藤、自己否定、劣等感、状況の変化手段の模索からくるネガティブ感情、

こういうのがあればもう感じ切ってえーん

メッチャ辛い時期だけどえーん

 

でも、感じ切ると自分が動きたい道が自然と見えてくるし、

必然かのように周囲から刺激されたり

アドバイスをもらうようになってくる。

 

ある意味、

自分の力でどうにかしようとするのではなくて

思い悩み切りながら周りの流れに想いをまかせてみることが大切。

 

どれだけ劣等感や自己否定、ネガティブ感情が今あったとしても、

自分という人間から一度切り離してみて。

ちょっと表現が分かりづらいかもしれないけれど… 

 

確かに、

今思ってるネガティブ感情は自分の全ての事のように感じるけれど

それは違う。

 

それは

自分に張り付いている薄いフィルターのようなもの。

 

 

誰かと比較した差

理想と現状の比較した差

そこから生まれてくる自分勝手な妄想。

 

そこまで動いていないのに

思い通りの結果だけを求める傲慢さ。 

 

 

でも、

 

ワタシはカンペキ 

ワタシは今のワタシより上はない 

 

自分が動いたら動いた分だけ完璧に結果は出ているんだから。 

 

気が済むまで思い悩みまくってから、

自分が良いなーって思う方向に動いたらよい。 

 

一つ大切なのは、

自分を信頼すること。

 

何かと誰かと比較して身勝手に感じる

「差」なんてものは、

 

あなたのかけている

フィルターサングラスでしかないのだから。 

 

ワタシは、

理想の状態にこれから向かうのに

ベストな状態である。 

 

なれていない自分を否定するのではなくて、

これからなれる用意があることを楽しもう。

 

 

 

こんにちは

いろはつづりです

 

今日は、自分の嫌な部分が見えて、

そこから囚われて抜け出せない人へのメッセージ。流れ星

 

あなたの生活のいくつもの側面の人全員に、

良く想われたり自分の理想通りの想われ方をするなんてないよ。

 

自然界の法則の一つに、

78:22の法則っていうのがあって、

この世の色々な事に共通する。

 

自分の周りには78%の味方や賛同者がいて、

22%は敵や反対者がいるものなんです。

 

そう考えたら安心しない? 

 

「こんな自分いやだ~なおしたい~ぼけー

 

って思っていることに

追い打ちをかけるように

 

「そこは直しなよ~えー

「そういうところは直した方が良いと思うよえー

 

なんて言いう人達は必ずいる。 

 

でもね、

 

「こんな自分いやだ、なおしたい!」

って自分で思っている

あなたを必要としている人がいたり、

 

そんなあなたと接していると、

心が安らぐ人が必ずいるんやよ。 

 

そういう関係性が複雑に絡み合う中で、

短所と感じていることが長所になって、

長所だと思っていたことが短所になり

コロコロ姿は変わるもの。

 

そんなことに

一喜一憂していたらキリがないし

何の意味ももたない。

 

時間の無駄、

無駄な心の疲労に繋がるだけ。

 

そこで大事になってくるのが、

自分軸 わがまま 自分勝手 

 

わがまま、自分勝手

上差し上差し 

これは勘違い&はき違えしないでくださいね。

 

強い自分軸があって、

自分の行動の結果に責任が持てて、

自分で自分のけつをふく覚悟がある前提での

わがまま、自分勝手ですので。 

 

成長していくための

わがまま 自分勝手

 

自分が一生懸命生きていれば

周りの評価や視線なんて関係ない、自分はこうなのだー! 

 

そうすると、

「あなたは周りの聞く耳を持たない、それは悪いこと」

として評価されがち。 

 

でも、今まで肯定感が低かったり、

自分の嫌だと感じていることに囚われ続けてきていたら、 

 

少しは、

「あなたは強情ね」 「頑固ね」

って言われるくらい、

 

自分をさらけ出すくらいが

丁度よいよ。 

 

今まで窮屈な想いをしてきていたら、

窮屈に想えていた嫌な自分を、

もっとさらけ出してみて。 

 

はじめは怖いけれど、

それが、あなたというキャラを、

もっと引き出せる要因になるかもしれないし、

 

思いがけないあなたの生活の別側面で

プラスに働いていくかもしれない。 

 

そして、

そういうあなたを必要としている人たちが必ずいる。 

 

自分にに自信が持てなかったら

無理して持たなくてもいいよ。

嫌な自分を好きにならなくてもいい。

 

人は、もっと自由に行動できて、

 

そして、もっともっと自分が想っている以上に

自分勝手な意思疎通や表現をしてもOKOK

 

少しわがままに

自分をさらけ出してみてね。

8月22日早朝5時前に、母が息をひきとった。 

 

六月中旬に診断された全身転移ガンのステージ4。

本人の気持ちと、自分&妹の想いから、ほぼ在宅での闘病でした。 

 

今年の夏の降水量はこの地方も異常に多かったけれど、

自分も妹も6月中旬からどれだけ涙を流したか分からない。

一生分の涙を流し切ったんじゃないかな(笑) 

 

でもその分やり切れたよ。 

母親の肉体がこのよからなくなってようやく、

少しづつ気持ちが解放されてきたかもしれない。 

 

検査入院の母を迎えに行って、

検査結果を母と二人で聞いた時の

あの空気感はまだ鮮明に覚えている。 

 

淡々とステージ4を告げる先生の前で、

やっぱりか…という気持ちと、

信じられない気持ちが交錯している反面、

 

ドラマや小説で観たり読んだりしていた、

病気の結果を告げられる場面を

リアル体験している母と自分を、

第三者の感覚で感じていたりもしていた。

 

 

そこから早かったな。

2か月間か~ 

埼玉在住の妹も戻ってきてくれて

色々と話し合ったよ。

 

今までは、

年末年始に里帰りしてる妹と顔を合わせても、

一言二言喋るくらいだったけれど、

 

沢山の感情を出し合った。 

妹と妹の一人娘、自分の家族3人が一つになった

最後の2か月間だったな。 

 

個々で、

母と子の人生の物語があると思うけれど、

 

自分も、

母との関係性においての物語の中は、

色々な場面において

悔いや自分を責める事ばかり。 

 

出来なかった自分を

悔いや責めることに

何の意味もないことは分かってる。

 

けれど、

どうしてもそこら辺に囚われて

離れられなかった。

 

 

最後は、

妹、妹の娘家族3人で在宅で看取れたから、

母も喜んでいると思う。

 

でもね、

やっぱり過去を後悔する気持ちは

どうしても捨てきれない。

くどいけれど(笑)

 

まあ、

この想いからも時間が解決というか

次のステップの

とらえ方になっていくのだろうけれど。

 

親、愛する人、身近にいる大切に感じる人は、

かけがえのない大切な大切な存在やよ。 

 

普段の生活では忘れがちだけど、

この世で生きている以上

必ず別れがやってくる。

 

別れにも色々あるけれど、

別れの種類に限らず精一杯の愛、

精一杯の接点&関わり合いの持ち方の

一瞬一瞬を大事にしていこう。 

 

目の前からいなくなった時、

喋ることが出来なくなった時に、

声を聞けなくなった時に

 

身にしみるように理解しても、

ただポッカリ空いた心の空洞から

思い出を拾い上げる事しか出来ないからね。 

ココロとカラダの導き庵

いろはつづりです。

 

 

浮かんできた言葉や

文章を書きなぐっていた、

20年前くらいのノートが久しぶりに出てきた。

 

その瞬間に、

考えることや浮かぶことを

ただ文章にしていく

 

ちょうどあの時期は、

精神的に追い込まれていて、

とても辛い時期でした(-_-;)

 

で、何か表現したくて文章書いてたけれど、

本当は絵を描きたかったんですね

 

でも、

ホント絵心がなくてぶー

 

で、写真を撮り始めた時期があって。

 

1960年代から活躍してきて、

80歳代になった現在もなお、

精力的に個展を開催している

 

写真家 森山大道

 

同じ時代に活躍していた彼と親しい

 

写真家 中平卓也

 

二人の、

70年代の神奈川逗子を舞台にした写真集や、

彼たちの出版本が僕のバイブル本みたいなものだったな。

 

 

 

 

彼らのモノクロフィルムに映し出される、

強烈な荒々しい世界や作品に魅了され、 

 

当時のカメラ雑誌で紹介されていた

一眼レフのフィルムカメラ

ペンタックスMZ-3、

 

それと、

森山大道の愛機であった

コンタックスのコンパクトカメラを買って

 

スナップ写真を主に撮っていた📷

 

彼らは、

ストリートを行きかう他人の、

細かい表情表現のスナップ写真を

ズームレンズなし撮っている。

 

という事は、

 

被写体に、自らが近づいて

撮るっていう事なんだけれども、

 

自分にはその壁が大きかった。

 

どうしても、

他人という被写体に近づくことが出来なかったんですね。

 

恥ずかしい、変に思われたらいやだな、

という気持ちもあって、

 

望遠レンズを使って、

ある程度離れた場所から

撮ってた。

 

でも、

そういう自分が嫌で、

いつの間にか

カメラから離れてしまった。

 

あれから長い年月が経った今、

またカメラをもって他人という被写体と向き合った時、

どんな写真を撮れるかなって。、

ふと考えた。

 

自分の中の壁を、

壊し乗り越えていく作業、

自己対面を長い年月かけてやってきて、

 

あの頃には持っていなかったモノを、

今の自分は持ってると思う。

 

自分の素を、

相手に見せることに対しての抵抗はなく、

自分と他人の存在に対しての線引きは、

しっかりと出来ているけれど、

 

その線引きを

少しは、

またぐ事も出来るようになった。

 

 

 

そういや、

森山大道のサイトを久しぶりに覗いてみたら、

80歳代の彼がデジカメのコンパクトカメラを持って、

ストリートでスナップ写真を撮っている動画があった。

 

フィルムカメラ時代の森山大道しか知らないから、

とても新鮮だったのと同時に、

 

当時の雑誌のインタビューで、

デジカメ到来の時代を

拒絶するような記事を目にしたことがある。

 

だから、

なんだか少し寂しさを感じた(笑)

 

でも、しょうがないよね

時代の流れだから。

 

彼らは今でも、

フィルムカメラでモノクロ写真を

撮っているのかな。

 

 

最近、映画観ていないなって思って

アマゾンプライムで目に留まったのが、

クリントイーストウッド出演の「運び屋」。

 

家族をないがしろにして、

自分のやりたい事や仕事に夢中に生きてきた

一人の男の人生の最終章を描いてる。 

 

人が沢山殺されるんだったら嫌だな~

題名からすると沢山の人が死ぬかな…って思いながらも、

すごく気になって。

 

結局、

見終わってからも心に満足感が漂い続ける、

悲しくも何故か心温まる内容だった笑い泣き

 

人生の大切なものを考えさせられる映画。

自分の今までの人生と照らし合わせながら観てた。 

 

奥さんが昔を回想しながら、

クリントイーストウッド演じる男アールに向けて言った一言。 

 

「家にいても、あなたは早く外に戻りたがった」

 

ドキッとした(笑)

 

自分の結婚生活も、

これから築いていきたい事、

興味のある世界で想いがいっぱいだったから。

 

自分のやりたい事を優先する

結婚生活は長く続くはずもなく、

上の子供が小学生3年生の時に

離婚になったけれど、

 

あの頃は、

家庭より自分が築いていきたい事、

少しでも長くその中に居たかった。

自分の中で、両立が出来なかったんだね。

 

だから、、

自分の中にすっぽりと心に空白があって、

 

外に戻りたかったって表現は, 

ジクゾーパズルのワンピースが

心の空白にこそっとはまる感じ。 

 

それにしても、

メッチャ極悪な奴らが、

少しだけ人の優しさを見せるところも、

なんかよかった爆  笑(笑) 

 

まったく人生は判断の連続だね

 

今の自分が想う理想になるには、

ああすれば良かったな~ぼけー

こうすれば良かったな~ぶー

ってあるよ。

 

でもね、

振り返るとその時その瞬間の判断は、

当時の自分の精いっぱいの生き方してきたから、

それでよかったって言えるな。

 

ストーリーの最後に、

クリントイーストウッド演じるアールに娘が伝えた言葉

 

「何処にいるのかが分かるだけでも安心よ」

 

そういうとらえ方があるのか!

 (・_・D フムフム

 

さて、

アールはどこに行くのでしょうか?(笑)