日常
諸々、流産したことについて書いてますが。
何とも暗い感じで書き綴ってましたが。
手術から一週間以上経ち、やっと身体も心も、日常が戻ってきました
コメントするのももいいね!するのも、少ししづらい内容かとは思いますので…
もし諸々の話、読んでいただけたら「いいね!」してもらえたら、嬉しいです
勝手に励ましと受け取らせていただきます
本当、この間までの妊婦生活は、夢だったかのような日常が戻ってきました
風邪気味の時もそうなんですが、ちょっと体調悪いなぁと思っても、「いやこれは気のせいかもしれない」て思い留まって、回復した時にその体調の差に、「やっぱり私は体調悪かったんだ!」と、あとあと実感することがよくあるけど。
そんな感じで。
妊娠発覚してからのつわり生活。
寝ても寝ても眠かったこと。
見た目は何も変わらない本当に初期なはずなのに、胸が張ってワイヤーブラジャーと、ウエストのゴムが、本当やたらきつかったこと。
私の気にし過ぎ?と思っていたけど、全部そんなことなかった。
やっぱり妊娠してたから。
今は全部元どおり。
初期とはいえ、私の体は色々変化してたんだなぁ
でもそれも、一週間で元に戻った!
すごいなぁ~
術後の経過を見に、手術翌日と一週間後にまた産婦人科へ行きましたが、何も問題はなかったです
それぞれどちらも別の先生で、担当の先生ではなかったです。
よかった…
次妊娠してこの産婦人科来ても、もうあの先生は嫌です
先生も違ったので、一週間後の診察の際の「何かありますか?」の問いに、また聞いちゃいました。
「12/31にかなり出血があり、でも年末年始で、何もできないと自己判断してしまっていたんですが、本当にどうしようもなかったんでしょうか…何か出来たことあったんでしょうか?」
先生「そうですね。今となっては何とも言えませんが。初期でしたから、仕方がなかったことだと思います。初期の流産なんで、あまり考え過ぎないでください。」
そか。確かに。
何かできることなかったかなんて、こんなこといくら聞いても、今更だよね…
そしてもう1つ。
「調べてると、心音確認後の流産って少ないっていう情報が多かったんですが。そうなんですかね?」
先生「それは、そうですね。心音が確認できる前に成長が止まる人の方が多いかもしれません。でもそれでも妊娠初期の流産というのはどちらもこれ以上は成長できないということなので、同じことです。」
そっか。。。
これで、もう何も聞かないでいいか、と思いました。
もうこれは、今回のことは仕方のないことだったと思うしかない。
何を言っても、その答えしかない。
ただ、私の中でのいくつかの後悔については繰り返したくないので、次もしまた命を授かれた時は、自分なりには色々気を付けたいと思いました
そんな感じで、前向きに…
7月からまたまた産休には入れるー!と喜んでしまって、それが白紙になったのはけっこう辛い…
でも仕事もとりあえずまた前向きにまた頑張ろうと思います
ただ、できれば3歳差で兄弟が欲しいな…と思ったりもしてて
あと何ヶ月かは妊娠しやすい体づくり頑張ろうっと
毎日、朝晩の少しの時間だけど、たくさん笑わせてくれる
やっぱりつわり生活も辛かったので、元気な私が戻ってきて我が子も嬉しそうな気がします
日常が戻ってきて、よかった
手術当日
1月5日 流産手術当日。
旦那は仕事を休めないため、付き添ってあげられなくてごめんと言いました。
私としては、付き添ってもらうつもりなんてなかったので、全然構わないよって感じで。
母からも、行こうか?と聞かれてたけど、来てもらっても色々待たせるだけだから大丈夫だと、本当単純に必要ないと思って断ってました。
不思議と、不安とか怖いとか、誰かにそばにいて欲しいとか全く無かったんです。
何せ日帰りだし。
手術とはいえ、大したことないと思っていました。
気持ち的には辛いけど、できればひとりになりたいような。
誰かの前で泣いたりもしたくなかったです。
ただ、昨晩はなかなか寝付けなかったため、本当眠くて起きるのが辛かった…
メガネにすっぴん(晴天で日差しがすごかったので、日焼け止めクリームだけ塗りました)で。
ひとり病院へ、徒歩で向かいました。
指定された持ち物は、書類一式と、パンツとナプキンのみ。
眠いから瞼が重く、また普段はメガネで出歩かないので、とても視界が悪く、でも今日はあまり周りが見えないくらいがちょうどいいなぁと思いました。
受付を済ますと、誰もいない、カーテンで仕切られているベットが4つほどある部屋に通されました。
かわいいピンクのボーダー柄の長襦袢がベッドの上に置いてあり、それに着替えてくださいとのことでした。
トイレの場所を説明されて、手術の準備ができたら案内しますので、ちょっと待っててくださいと言われ。
ひとり着替えてベッドに座り、ボーっとしていました。
で、そこから誰も来ないまま、1時間近く待たされました。
携帯をいじったりしてましたが、まさかそんなに待たされるとは思わず…
ただの布切れ一枚で、手首足首が出たままだったので、体はかなり冷え切っちゃいました。
だったら布団に入って横になっていたかった…
手術室は10畳くらいある割りかし広めの部屋。
カーテンも何もない、いつもの脚を広げて座るやつみたいな手術台が真ん中にどーんとひとつ。
鏡を見ることなく、看護師さんにチェックしてもらいながら、髪を結び、シャワーキャップのようなやつを被り。
術後に履くパンツをナプキンを付けて新しくセットして置いてくださいとのことで。あ、でも自分がいいなら、今脱いだパンツでも構わないですよ~と明るく言われ。
でもまぁ一応新しいパンツでセットしました。
そして、部屋の隅にある敷居の奥でパンツを脱いでから手術台へ座りました。
もう出血は全くありませんでした。
台のそばには本当に手術をするんだなぁという設備が色々。
これまた軽めに挨拶をしてきた若めの男の先生と、助手の女性が二人で手術開始。
メガネを外されて、もう何も見えなくなりました。
そこからはしばらく、あまり覚えていません。
先生が軽い感じで、次は何しますね~と言いながら進めていきました。
助手の方が、点滴の針をなかな刺せず、かなり苦戦していて、まぁこれでいいよね的な会話をしていて、それがとても怖かった。
脚・腕は結構ガッチリ固定されて。
手足が冷え切っていることに驚かれました。
点滴から麻酔を流されて、何かが全身へ巡ってくるのを感じ、とても気持ちが悪くなりました。
その後すぐ睡眠薬も投与されて、どうですか~?と聞かれ、答える間も無く、本当30秒ほどで意識が飛びました。
そして、起こされたのか?目が覚めて。
あ、終わったんだと気が付きました。
どれくらいの時間が経ったのかは全く分からなかったです。
手伝われながら起こしてもらい、車椅子に座らされました。
先生はもう室内には居なかった気がします。
メガネもしてないのでほぼ見えなかったけど、手術が終わった後の部屋を見渡しました。
朦朧としながら、手術代のそばにある、私の中から搔き出したものがあるであろう場所を見ました。
とっさに看護師さんに何かを聞いた気がするけど、何を聞いたかも覚えていません…
確か、「赤ちゃん、出ちゃったんですか?」とか、そんなようなこと。
術後すぐ、痛みは感じなかったけど、意識はかなり朦朧としてました。
その後は病室に戻りベッドで横になり、血圧などまた測ったり点滴を打ったり。
横になって目を閉じていました。
まだ麻酔も効いているのか、完全に寝てはいないけど、頭がボーっとしていました。
何度か看護師さんが血圧を測りに来て、けど点滴の液が落ちてこないからまた針を打ち直そうとして、でもなかなか打てなくて苦戦していました。(翌日は腕がアザだらけ…)
そして、室内から他の患者さんと先生との会話が聞こえてきました。
会話から察するに、どうやら妊婦さんは妊娠7ヶ月?の42歳で、羊水検査を受けるらしい。
けど妊婦さんの血液型はRhマイナスらしく、その検査に際してある危険?があるらしく、Rhプラスの人には必要ない注射を一本打った方がいい。
けどその注射は自費で2万円?かかる。
その話を羊水検査するっていう間際に、言い忘れてた!て感じで説明されてました。
そして妊婦さんは、まぁそれなら打ちます、と承諾して一件落着していました。
ボーっとしてたのに、この話声が気になってしまい、すっかり頭は冴えてきてました。
そして、その会話が聞こえなくなり、病室内が静かになった頃、そういえば流産手術でも保険がおりるってネットで見ていたので、今朝家を出る前に自分が入ってる保険を調べてきていて。
問い合わせ時間が9:00~だったので家を出る前には電話できなかったので、思い出したようにベッドに横になりながら電話してみました。
証券番号伝えて調べてもらったら、加入していた医療保険は日帰りの流産手術でも給付金があるってことだったので、書類を取り寄せました。
と、その電話が終わって少しして、室内でガサガサする音がして人の気配を感じて。
すると看護師さんがきて、さっきの妊婦さんとの会話が聞こえてきました。
…まだ居たんだ!
電話で流産手術を受けたって説明していたので。
まさか手術後ホヤホヤの状態で、保険の電話してるなんてビックリしただろうな…
そして流産した人と同室なんて、気まずかっただろうな…
申し訳なかったな…
またその後少しして、手術後の注意など再度説明受けて、昼食をとったらゆっくりしてもらって自由に帰宅してもらっていいとのことでした。
そして、久々起き上がりメガネをして、昼食タイム。
そうめんと味噌田楽と漬物と白玉団子のあんこ添え。
これが本当にどれも美味しくて。
そういえば産後の入院生活も、今回とは違う産院だけど、食事が美味しくてそれが本当に幸せだったな~懐かしいな~と思って。
毎日こんなお昼ゴハン食べたいな~と思ったりして。
気持ちが落ち着きました。
やっぱり美味しいごはんは人の気持ちを安らかにしてくれると思いました。
ぺろっと完食して、テレビつけたりして少し休んで、もう大丈夫だなと思い、着替えて帰ることにしました。
診療時間ではなかったので、院内は静かでした。
さすがにこの状況で妊婦さんを見るのはちょっと辛かったので、ホッとしました。
お会計は2万円ほどでした。
普通に帰れて。
いつも通り歩けて安心しました。
気持ち的にも、思ったより落ち着いてるし。
病院で泣くことはありませんでした。
帰ってからしばらくはテレビを見たりしました。
でも、少ししてまたベッドに横になり、寝ました。
安静にしてればいいのに、やる事もないのでしっかり夕飯作ってみたりして。
手術当日は、旦那が保育園のお迎え行ってくれて、我が子の面倒はみてくれました。
痛みがジワジワと増してました。
生理痛のような。
腰回りが熱をもっていて、けっこう辛い。
骨盤あたりがおかしいのがわかる。
手術翌日も病院へ経過を見せに行かなくてはならなくて、今朝までは半休にするか悩んでいたけど、やっぱり全休にすることにしました。
思っていたより、体が辛い…
知り合いが流産した、という話は何度か聞いたことがあったけど。
流産したら手術することもあるし、手術しないこともある。
それを自分で選択することもある。
そんなことは知らなかったから。
心の痛みはもちろん、体もこんなボロボロになるなんて…
命が宿ったという喜びも、その命を守るための母体の準備も、流産してしまったらどちらもボロボロになり、これでおしまい。
その夜、今更ながら涙がまた出ました。
私の中にきてくれた命に、本当にさようならしたんだなぁと。
せっかくきてくれたのに、こんなことになってごめんなさい。
いくら母親は悪くないとはいっても、もしこうしてたら、もしあれをしてなかったら、とか考え出してしまってキリがない。
また、腰回りが痛くて横になって寝てるだけでもけっこう辛くて。
なかなか眠れずでした。
つづく。
結果 【1月4日】
1月4日 診察へ。
本当は出勤日。
会社には年末から体調が悪く、病院に行きたいので半休をとりたい。
また場合によっては全休にさせてもらうかもしれない。と伝えました。
足どりは重かったけど、でも自分がどんな状況なのかがやっと分かるんだと思い、早く診察して欲しくもありました。
我が子を保育園へ送ってから病院へ行ったので、なんだかんだ受付開始時間より遅くなってしまい、もう待合室はいっぱいでした。
でも昨日電話していたからなのか、受付を済ませてから、少しして診察になりました。
先生「ん~、出血した、てことなんですよね~まだ出血ありますか?」
先生はヘラヘラと笑って言いました。
え?どうして笑っているの…?
もうここから私は先生に対して不信感しかありませんでした…
電話で話したことをまた一通り説明しました。
まぁとりあえず見てみましょう、とのこと。
大丈夫だと信じたいけど…
エコー検査の前、本当に怖かったです。
お願い。
どうか大丈夫であってください。
先生「あ~…うーん。」
ちょっと…うーん。画面見ますか?」
私「え…はい。」
先生「ここ(心臓)、前回は動いてたんですが、もう動いてない…ですね。うーん、大きさも…うーん。たぶん、ダメそうですね。」
何度か違う角度から見たり、しばらく診てみましたが、心臓は動きませんでした。
ダメだった。そっか。
ダメかもしれない、とは思ってたけど。
そっか。本当にダメだったんだ。
私「分かりました。」
もう、この現実を受け入れるしかなかった。
先生「これ、写真、いりますか?」
私「…写真?え、でももうダメなんですよね?」
もう心臓が動いていない、私の中の命。
あ、でも、最後の姿ってことでもらう人の方が多いのかな?旦那に見せるべきなのかな?
私にはよくわからず。
いらないと答えてしまいました。
そこからまた診察。
先生は終始軽い感じで話をしていました。
産院ではまぁよくあることなんだろうと思いました。
私は目も合わせたくなく、先生の顔を見れず。もうあまり会話を覚えていません。
たぶんダメ。流産してると思われる。
とりあえず一週間後まで待ってみるか。
処置としては、自然に体外へ排出されるのを待つか、手術をして排出してしまうか。どちらかになると言いました。
ダメかも、とか。たぶん、とか。
ハッキリして欲しかったので聞きました。
私「一週間待ったら、どうにかなることあるんでしょうか?これからどうにかなること、あるんですか?」
無いと言われました。
もうどうにもならない。
なら一週間待つのは意味無いのではないか?
私はそう考えました。
流産してる場合、どちらかの処置になるというのは調べていたので知っていました。
でも、じゃー実際私はどちらを選択しようと思いました。
私「どちらの方がいいとか、何かありますか?仕事をしているので、できればあまり休みたくないのですが…」
先生「え~、うーん、難しいですね~」
またヘラヘラしてました。
その時、たぶんどちらがどうとか、何となく説明してくれましたが、あまり耳に入ってきませんでした。
自然に排出されるのを待つのは、いつ大量に出血・激しい腹痛があるかも分からない。
けど、自分の中にいた子を人工的に掻き出してしまうのは辛い。
でもどうしよう?
私「手術の費用はいくらですか?」
費用については全く知識が無かったので、そういえばいくらくらいするんだろう、と確認しました。
調べてもらうと、私の場合、経産婦・11w未満のため、手術は日帰りで2万円ほど。
これ以上待ってももうどうにもならないこと、自然に排出されるのも待つのもどうなるのか怖いこと、手術は日帰りで済む、価格もそこまで高くないこと。
それなら、と私は手術を選びました。
明日以降ならいつでもいいよ、と言われたので、じゃー明日でお願いします、とすぐに回答しました。
どの日程だと都合がいいかとか、もう考える余裕もなかったのと、先延ばしして仕事をしたとして、その間に大量出血・排出されてもどうしようというのと、このまましばらく私の中にこの子がいるのも、私は何だか辛いと思いました。
ならば、もう早い方がいい。
そこからは、手術についての説明を受けました。
最後に何か質問あるかと聞かれました。
私「出血があったのは31日で、そこから何もできずにいたんですが、こうならないために、何かできることはあったんでしょうか?こうなってしまった原因はあるんでしょうか?」
自分でももう曖昧ですが、確かこのようなことを聞いたと思います。
この先生に聞いても、と思ったのですが。
とっさに聞いていて。
言葉を口にしたら、涙が溢れてきました。
そこまで全く涙もなく、エコー写真もいらないと答え、一週間も待たずして、即決で明日手術することを決めて。
きっと他の方はこんな風じゃないんだろう、私は冷たい母親なのかも、と自分でも思います。
でも、こんなことになり、私だって本当はとても辛いし悲しい。
いきなりボロボロ泣き出して、先生も看護師さんもかなりびっくりしていた様子でした。
先生「妊娠初期の流産は染色体の異常など、子ども側に原因があることがほとんどなので、お母さんは悪くないです。
こうなってしまったのはどうしようもなく、仕方が無いことです。自分を責めないでください。」
慌ててフォローしている様でした。
わかってる。
初期流産の時には、一般的な話かと思います。
別にこんな風に言って欲しかったわけでは無いつもりなのですが、涙が止まらず。
涙が落ち着いてから退出しました。
その後は、明日の手術のための血液検査や心電図等を検査をして。
待ってる間、改めて悲しくて涙が止まらなかったです。
待合室は妊婦さんばかり。
私もつい先日までは、時期に自分もこうなるものだと信じて疑わなかったのに。
まさかこんなことになるなんて。
さっきまで信じてたけど、もう本当にこのお腹の中の命は、成長することはないんだ…
検査後は一度帰宅。
予定通り、午後は出社することにしました。
上司に電話をすると、無理しないで今日休んだら?と言ってくれました。
色々あり明日またお休みをいただきたいので、今日の午後は出ますと答えました。
でも何か無いと、事前に明日休むと言うのもおかしな話。
会社に流産したことを報告すべきか、悩みました。
診察前はどちらにしても伝えるしかないかなと思っていました。
けど、妊娠の事実も知らないのに、わざわざ言う必要があるのかな?
色々考えましたが、出社後上司には直接全てを話しました。
実は妊娠していて、でも年末色々あり今朝病院へ行き流産したことが分かったこと。
明日はその手術で休みたいこと。
そして、もしかしたらそれ以降も場合によっては休みをもらわなくてはいけないかもしれないこと。
初めて「流産をしたので」と声に出しました。
あまり重く聞こえないように、軽く説明をしているつもりでしたが。
声が震え、泣きそうになりました。
上司は気の毒だったね、とコメントしづらそうでした。
心配してくれていましたが、今私の課は色々な業務を抱えていて忙しく、正直それどころでは無いだろうなと感じていました。
この忙しい時に申し訳ない、私もそんな気持ちになり、辛くなりました。
仕事は、周りに迷惑をかけてはいけないと明日休んでもいいよう集中して片付けて。
集中していると、特に何事もなかったかのように周りとも話せて、普通に笑ったりしていました。
流産したと分かったのに、結構落ち着いている自分がいました。
これは、仕方がないことだった。
そう思うことで気持ちは落ち着いたように思います。
涙が止まらないとか、落ち込んで何も手につかない、などにはならず。
ただ、ポカンと心に穴が開いたような。
流産を受け入れるとで、改めてつわり・胸の張りが全く無くなったことを自覚して。
診察後に家で食べたお昼ご飯も、つわりが酷い時には全く食べたく無かったこってりのカップラーメン、甘いチョコのお菓子などを口にしてて。
何でも食べれる自分を、わざわざ確かめてしまっていました。
また、この間まで普通のスカートではウエストに圧迫感があって辛かったのに、今日履いてみたらもう苦しく感じてなくて。
久々に、少し高いヒールの靴を履いて出社していて。
つい何日か前までとは全然違う自分の身体をわざわざ自覚して。
妊娠したことが嘘のようで、全部夢だったかのように感じました。
もうこの事実を受け入れるしかなかったです。
ただ、仕事を終えて帰れば、我が子とのいつもの日常があって。
これには、かなり救われました。
年末年始でみんなに遊んでもらい、言葉をまたたくさん覚えた我が子は、たくさんお喋りをしてくれて、本当にかわいい。
ママのお腹に赤ちゃんがいると話していたので、もう居なくなっちゃったこと、だからママはとても悲しいんだよ、と伝えました。
あまり分かってないとは思うけど、「ママのお腹、赤ちゃん居なくなっちゃったの?」と、不思議そうでした。
旦那の前では泣くことはなかったです。
二人とも、残念な気持ちはもちろん、それぞれに思うところはあるけど、お互いあまりそれは見せない感じ。
知り合い(男)の奥さんも流産したけど、その後すぐ妊娠して、もうすぐ赤ちゃん生まれるんだって!だから、うちももまた頑張ろう!
的なコメントには、いくらなんでも無神経だなと感じましたが、男はそんなもんかな、と。
ダメだったと伝えた時も、すぐに「また頑張ろう」と言われましたが、それは今かけて欲しい言葉では絶対にないと思いました。
旦那なりの、優しさ&励ましなんだとは思いますが…
今すぐ、次のことを考えることはできないよ。
でも、我が子もいて。
家がそんなに暗くなることもなく。
翌日の手術に備え、書類の確認・記入などして。
ネイルをしてたので、それを急遽落とさなくてはならず。
その作業に必死で。
手術に対する不安などは、なぜか特になかったです。
冷静に就寝。
つづく。
