当ブログは一般女子大生が身内向けに公開しているチラシ裏です。
あくまで内輪ネタと自身の興味内に留まったものであり、それ以上のことを目的としてはいません。
半分は自己満足、もう半分は友人達への生存報告。
一週間以上更新が無かったら野垂れ死んでいる可能性があるので連絡寄こしてやってください←
当面は餓死の危険性有り。
ついでにご紹介
前の記事とほぼ同じ設定で撮ってみた。
縮小表示にすればいいことに気付いたよ。
これも同じ公園にある…何か。風に吹かれて羽根が一枚一枚いろんな方向に向いて面白い。
ブログ上部の写真に使ってみました。
基本的にお花ばっかり撮ってるんだけど、もっとこういう無機物の練習もしたい。
被写体探しの為だけに日本横断する人達凄いよ…
そういう人に限って無茶苦茶美味いのに「ただの趣味です」って言う(・ω・`)
くそうもっと頑張りたい。
写真の勉強をちゃんとしようとするなら本とか買えばいいじゃない と言われますが。
金無いんですって。
体感で覚えるさね!!!
tumblr興味あるんだけど、あれって英語出来なきゃダメ…なんだよね…?
あのシステム凄く良い。
あいむひあ!!!
長文を書くことを忘れている。壱佳です。
最近のついった充っぷりが半端ないです。
思ったことを即投げ出来て且つ長ったらしく書かなくても良くて、何よりいろんな人の現在がその場で一緒に見れるっていう。
もともと交流目的じゃなくてロム用のつもりだったからフォロー数とフォロワ数の差が尋常でないレベル。だがそれで良い。
さて、いい加減ブログの習慣を取り戻そうと思います。
せっかく良いカメラさんがいらっしゃるので、ちょっとカメラ日記風にしてみませう。
画像サイズってどのくらいが良いんだろう。判らぬ。
これ640×425くらいだったと思うんだけど…
なんとなく右側削れてる気がしないでもない。
すげー変なオブジェがあるのですよ。
見上げてたら面白い構図になったのでぱしゃり。
うーん、子供を思いっきり右寄りにして飛翔のイメージでもよかったなぁ
色合いとか温度の調節出来ると世界が広がるな!!!
こちら調節出来る限りの緑振り、温度感高め、露出補正低め。
こういう写真好きなんです。
ちょっと撮影の練習がてらに撮った写真とかうpってみようと思います。
ほんとはわんこにゃんこを被写体にしたいんだぜ…
お久しぶりです
こっちのブログの存在を華麗に忘れていたわけですが、どうも生きてます壱佳です。
なんだってこんな間が開いたし(・ω・;)
まぁでも書くこと無いんだけどね!!!
ついったとかで書いてるとネタが出ていく出ていく。
あー、帰省なうです。
成人式の前撮りしましたん。
帰ってくる度に高崎駅が進化していくのあれどうにかならんとですか…
御着物なんですが、まるでどこぞの御嬢の御出勤ですかって感じです。
「どんなのー?」って訊かれるたびにこう答えるんだけど、うん、こう説明するしかないんだほんとに。
わぁ、ほんとに書くことない(・ω・;)
古典の電子化に伴う困難について
(個人ブログですが、レポート提出用に使います)
(ので、普段見てた人驚かないでね)
古典の電子化に伴う困難について
文章の電子化によって、将来的には文献を遺す必要が無くなるかもしれない。現代のコンピュータ普及率はそれほどまでに高くなった。本のように嵩張る事もなく、紙を消費する必要もない。そんな誰もがデータ化された文章を簡単に読める、作れる時代である。しかしそれは、文字入力が現代の言葉を表現するのに適した仕様になっていることが前提としてあるためである。
古典の文章は、現在使われている文字と一致しない。今では使われなくなった漢字や独特の表記、それを読み解くために必要な記号など、それらは一般で普及しているパソコンでは表示するのが大変難しい。
古典の原書を読む際、現代では見られなくなった旧字を解読していかなければならない。しかし、大昔に筆で書かれた文字が、全て正しい文字であるとも限らないのである。現在のように、日本語文字として登録され、全国で統一された表記であれば判断は容易い。一方で古典作品は、規格化された文字を使っているとは限らない。全て手書きであれば書き損字もあるかもしれないし、それが当時正しい書き方とされていたのかもしれない。ただの異体字なのかもしれない。このような細かな差異が重なり、似たような漢字がいくつも見られる。これらをすべてそのままの形で表示したいと思った時、候補が多過ぎて対応し切れなくなってしまう。元々の文章を改ざんしてしまうわけにもいかないので、ひとつひとつの漢字を表記変更することは出来ないだろう。古典の文献をそのまま画像として残すことも可能であろうが、この場合、電子書籍の強みである「文字の検索」などは出来ない。あくまで画像としての保存となってしまう為、電子化するメリットがないのだ。
その他にも、古典文章を読む際に必要な返り点等の記号がある。それらは記す位置もまた特殊であり、通常の仕様では表示するのは難しい。
勿論これらの古典文章を正しく表記出来る文字コードは存在するだろう。しかしこの電子化された古典文章は、閲覧する人が持つ電子端末で表示出来なければ意味が無いのである。前述の通り、膨大な文字候補などに対応した文字コードが自身の端末で表示出来なければお話にならない。その古典のデータと共に、対応した文字コードも一緒に取得しなければならないだろう。また、電子書籍の利点として書き直しが容易であることが挙げられるが、この文字コードもまた古典の研究が進む事によって次々と改良されていくという可能性もある。古典が完全に研究されつくされない限り、この文字コードは常に変動していかなければならないのかもしれない。
当時の文献を電子化するに辺り、貴重な書物に書かれた文章を正確に電子化出来たとすれば、多くの学者にその文章を提供することが出来るだろう。それによって歴史の新たな発見もあるかもしれない。その可能性を広げるためにも、より正確な電子化が求められる。

