前日の余韻も醒めやらぬ5月6日(土)。再び同じ時刻にバスに乗り、JR高槻駅前の1624TENJINへと足を運んだ。この日は小雨が降ったり止んだりのスッキリしない空模様で、昨日入口に出来ていた行列が、ビルの玄関内に出来ていた。

 受付でドリンク代を支払うと、入場チケットと同時に、この日のリクエスト曲の一覧表を渡された。美登里さんの候補曲は30曲、対して池田聡さんの候補曲は何と100曲。池田さんはこういったリクエスト形式のライブをよく行っているそうで、この中のどの曲が出て来ても歌えるというから、経験の豊富さを感じさせる。

 対して美登里さんはこういう形式のライブは初めての経験だそうで、まるで中間試験や期末試験前の高校生のような気持ちでこの日を迎えたらしい。池田さんが言うには随分と念入りに候補曲を確認していたようだが、果たしてこのびっくり箱のようなライブ、一体何が飛び出すのやら…



 「先攻」は池田さんから。リクエストの第1曲目は『Prayer』。私は池田さんのライブを観に行ったことがないのでわからないが、普通のライブでオープニングに歌われることはどうやらまずないらしい。「1曲目に『Prayer』を選びますか…?」と少々当惑気味だったが、それでも観客は大盛り上がり。

 「後攻」の美登里さんに飛んだリクエストは『時間旅行』。彼女のデビューシングルである。彼女によるとリリース当時の1988年は女性アイドル不作の年で、若手の女性シンガー・ソングライターにもアイドル的要素を求められた時代だったそうだ。バラードの名手というパブリックイメージが定着している彼女にしては珍しいアップテンポのナンバーで、その独特の手拍子でこれまた異様な盛り上がりを見せた。

 リクエストがどんどん飛んでくる。『Long Distance Love』、森高千里のカヴァー曲『渡良瀬橋』等々。池田さんの『エスカレーター』は、毎朝同じ駅のエスカレーターで出会う、名も知らぬ女性に恋した男の歌だが、「まだストーカーという単語がなかった時代に書いた歌なんですけど、これって変態ですよね」と自嘲気味に語る。確かに歌詞だけで主人公の男の行動を追ってみるとそう見えないこともないが、それほどまでに恋い焦がれる気持ちというのも解らなくはない。

 池田さんに『月の舟』のリクエストが飛んだ時、二人が一瞬困った顔をしたが、その理由をその時は誰も知らなかった。「また追々話しますが…」と池田さんが言葉を濁していたが…



 そうしている間に時間もどんどん過ぎてしまい、いよいよあと1曲ずつのリクエスト受け付けとなった。ここまで私はずっと沈黙を守ってきたが、ここで満を持して手を挙げると、美登里さんが私を選んでくれた。

 「実はこの1年、人生で最も辛い1年だったんですが、美登里さんが創ってくれたこの歌のおかげで、何とかこの辛い1年を乗り越えることが出来ました」と、そのリクエストの理由を伝えた。

 私のリクエスト曲は『抱きしめて』。比較的新しいアルバム『Bouquet garni』に収められた、シングルカットもされていなければチャートインもしていない、ファンのみぞ知る類の曲だが、私の中では彼女のベスト3に入る名曲である。
 http://j-lyric.net/artist/a00148e/l021dcb.html

 実は以前、ファンクラブミーティングの席で、この歌を作った時の話を直接彼女に聞いたことがある。このアルバムの中では一番最後に出来た曲で、歌詞にここまで強いメッセージを込めるのもどうかと当初は悩んだものの、ストレスに満ちた今の社会で必死に生きている人達への応援歌になればと、敢えてこの歌詞で完成させたと語ってくれた。

 親父の事故、長い闘病生活、そして死。それを境に一変してしまった我々家族の生活。パワハラ上司に苦しめられる日々。残された母親を支えていかなければならないプレッシャー。それらのストレスが引き金となった胃潰瘍やバセドウ病…

 悪夢のような1年だったと言わざるを得なかったが、それでも心が壊れることなく何とか乗り越えられたのも、この歌がいつも傍にあったから―そのことを彼女に伝えたくて、この1曲を選んでリクエストさせてもらった。

 『抱きしめて』を歌い切った彼女は、大きく溜息を一つついて、「…出し切りました!」と吐き出した。きっと美登里さんは私のこの想いに渾身の力で応えて下さったのだと思う。



 アンコールはお互いの曲を1曲ずつクロスカヴァーするという、これまた面白い企画になった。池田さんが選んだ美登里さんのナンバーは『愛すること』。ヘッドを高く構えてかき鳴らすアコースティックギターが力強く響き、そして池田さんの甘い声も心なしかパワーを帯びる。私もアコギを弾き語りするのだが、美登里さんの歌は男の私が歌ってもサマにならないと思っていた。でもこの池田さんの『愛すること』は実に力強く、芯の強さを感じさせる。なるほどこんな風に弾き語りすればカッコイイのかと、しばし見入ってしまった。

 そして困った顔をしながら美登里さんが歌ったのは『月の舟』。何と先ほどリクエストで歌われてしまった歌だった。そうか、二人が困惑していたのはこのことだったのか。それでも美登里さんの独自の解釈で見事に歌い切ったが、1ヶ所だけ歌詞を間違えたのを美登里さんが本気で悔しがっていた。また次にこんな機会があれば是非リベンジを見たい。



 終演後は例によってCD購入者にサイン&握手会が行われた。美登里さんのCDは全部持っているが、ダブりを覚悟の上でCDを購入し、握手会に臨むことにした。

 「ちょっとご無沙汰してしまいましたが、今日は本当にお疲れさまでした。最後にリクエスト聞いて下さって本当にありがとうございました。あの歌のおかげで、何とか心が壊れることもなく乗り越えられましたんで…」

 「いえいえ!そのエピソード聞かせてもらえて本当に良かったです。元気そうで良かった。ありがとうございました!」

 この美登里さんの一言で、この1年あまりの苦労が少し報われたような気がした。



 『抱きしめて』をリクエストした理由はもう一つある。彼女の歌はこんなにも強く優しく、聴く者を癒し、勇気づけてくれる。そのことをこの会場に集まった池田聡さんのファンの皆さんにも知って戴きたかったという思いがあった。

 そして逆に、「オシャレな都会派シンガー」といった一面的なイメージでしか見ていなかった池田聡というシンガー・ソングライターの人柄に、こちらも触れることが出来た。今から全曲を聴こうとしても初期アルバムは廃盤になっている可能性が高いが、例えばベストアルバムからでも、少しでも多く彼の歌を、少しずつでもいいから聴いてみようと思う。

池田聡&辛島美登里2Daysジョイントライブ~リクエスト編~
2017/05/06(Sat.)16:00-18:20
高槻Music Square 1624TENJIN

【Set List】
01.Prayer
02.時間旅行
03.Long Distance Love
04.渡良瀬橋
05.エスカレーター
06.あなたの愛になりたい

07.夏色物語
08.キミの街
09.シアワセノイロ~家族になりたい~
10.悪女
11.気をつけて
12.月の舟
13.抱きしめて
14.雨のフォーチュン

(Encore)
15.愛すること(池田聡)
16.月の舟(辛島美登里)

池田聡:Vocal, Acoustic guitar
辛島美登里:Vocal, Piano

 長期連休も終盤に差し掛かった5月5日(金)、こどもの日。高槻市のライブハウス・Music Square 1624TENJINにて開催された、池田聡&辛島美登里ジョイントライブに足を運んだ。

 このところソロでツアーを行うことは少なくなったが、その代わり過去にはあまりなかった他シンガーとのジョイントライブが増えた。池田聡さんとのジョイントを観るのは今回が初めてで、それこそ彼の歌は80年代末期のスズキのCMソング『j・e・a・l・o・u・s・y』ぐらいしか覚えていなかったのだが、2日間にわたって開催されること、さらにその2日とも内容が異なり、1日目はデュエットソング中心、2日目はリクエストソング中心のライブになるとのことで、今までにないスタイルのこの公演を私も楽しみにしていた。



 高槻市は私のホームタウンである枚方市の隣町で、淀川を挟んだ対岸にある。実家での用事をついでに片付けて、バスを2本乗り継いでJR高槻駅前へ向かう。途中、1年前に親父が息を引き取った大学病院の前を通る時は、その臨終の時を思い出して少し胸が痛くなった。

 バスがJR高槻駅前に到着した。ここから少し歩けば1624TENJINに到着した。既に数人の待ち客が玄関前に並んでいる。池田聡さんのファンと思しき妙齢の女性と二言三言会話を交わす。どうやら美登里さんをナマで観るのは始めての様子で、どんな曲が歌われるのかが気になっている様子だった。



 定刻の16時。客席の照明が落とされ、しばらく静寂の時が流れたと思ったら、既に客席の通路を通って後ろから美登里さんが入場して来ているではないか。まさか後ろから出て来るとは誰も思っていなかったためか、タイミングのずれた拍手が美登里さんと、ピアニストの安部潤さんを出迎える。

 まずは美登里さんのソロコーナー。『あなたと』に続いて『シアワセノイロ~家族になりたい~』、最新アルバム『colorful』からの2曲がオープニングとなった。

 『シアワセノイロ』にこんな一節がある。

争う国に生まれた人と 平和そうな国の私と
おんなじ空でつながってるなら その微笑みを祈らせて


 この歌を作った当時から今もなお、世界のあちこちで凄惨な紛争が起きている。彼女がその現実に胸を痛めていたことがこの歌にも影を落としているが、それを声高に叫ぶわけではなく、こうして優しい表現で祈りを込める辺りに、温和な彼女の性格が現れている。

 『虹の地球(ほし)』、そしてこの日の会場の半数以上を占めていたであろう池田聡さんのファンが一度聴いてみたかったであろう『サイレント・イヴ』。「クリスマスは過ぎちゃってますが」と苦笑いしつつも、その変わらぬ歌声が聴衆を魅了する。



 美登里さんが『サイレント・イヴ』を歌い終えると、いよいよ池田さんをステージに迎え入れる。それこそ80年代末期、『モノクローム・ヴィーナス』や『濡れた髪のLonely』を歌っていた頃の、ソフトスーツでバリバリに決めていた頃のスマートなイメージしかなかっただけに、目の前に現れたナマの池田さんの、そのダンガリーシャツ姿のトラディショナルなスタイルと朴訥な語り口には正直驚いた。でも、それこそが本来の池田さんの人柄なのだろうとすぐに納得出来た。

 美登里さんとバトンタッチした後に歌われたオープニングは、恐らく彼の歌で最も有名であろうナンバーの一つ、デビュー曲の『モノクローム・ヴィーナス』。この曲のイメージから、池田さんを「オシャレなシティポップスを中心に歌う歌手」と勝手に思い込んでいたのだが、アコースティックギターのヘッドを高く、まるで抱きかかえるようにかき鳴らしながら歌うスタイルが、私の眼にはこれまた意外に映った。

 これはとにかく、今まで自分が勝手に抱いていた池田さんのイメージを一旦捨て去って、目の前で繰り広げられているナマの音楽をちゃんと聴いて、彼の真の音楽性をちゃんと見極めなければ―それがこの瞬間に思ったことだった。

 『愛の言葉』はアルバムには収録されていない曲とのことだが(最新シングル『ハナノタネ』カップリング)、恐らくこれが今の池田さんらしさが一番現れているのではないかと思われる。『燃えつきるまで』は実に情熱的な都会での恋の歌だが、これは発表当時のアレンジと今のピアノとアコギだけでの演奏とでは、相当聞こえ方が違うのではないだろうか。

 ただ、恐らく昔と変わっていないのは、池田さんのその優しくて甘い歌声なんだと思う。ソロコーナーのラストを飾った『倉庫(ロフト)BARにて』も、港町のロフトバーを舞台にしたラブソングではあるが、エレクトリックピアノとギターだけのシンプルなアレンジで、そのソフトな声が余計に際立って聞こえた。



 15分ほどの休憩を挟んで、いよいよ第2部のデュエットコーナーに突入する。

 池田さんの楽曲は全て彼のソロ曲をデュエットにアレンジし直したものだったが、美登里さんのナンバーは、実はレコード化されていないものが殆どであった。彼女は毎年末にクリスマスコンサート『Winter Picture Book~冬の絵本~』を開催しているが、毎年さまざまな男性歌手をゲストにミュージカル形式の芝居を行っていて、ここで歌われた『ふたたびの恋』や『Touch me, kiss you』はそのために書き下ろした歌である。

 『つよく、つよく…』は最新アルバム『colorful』に収められており、中川晃教をゲストヴォーカルに迎えて録音されたナンバーだが、池田さんにとって中川晃教のパートは音域がいささか高かったようで、歌いながら顔がみるみる真っ赤になってゆく池田さんを見て美登里さんも思わず笑ってしまったと語っていた。実は美登里さんにはこういう黒いところも結構あって、本人曰く「黒辛島」が時折顔を出すのだそうだ。焼酎じゃあるまいし…(苦笑)



 池田さんが「今日はいつもの5倍ぐらい緊張した」と語っていたが、確かに池田さんにとっても、そして美登里さんにとっても今まで経験したことのないスタイルだったろう。私も美登里さんのライブに必ず足を運ぶようになって25年あまりになるが、こんなに緊張した美登里さんを見るのは恐らく初めてだったと思う。

 とにかくこの日は、なかなか滅多に見られないモノを見られたような気がする。そして翌日も再びこの場所へ足を運ぶことになる。

池田聡&辛島美登里2Daysジョイントライブ~デュエット編~
2017/05/05(Fri.)16:00-18:20
高槻Music Square 1624TENJIN

【Set List】
(辛島美登里)
01.あなたと
02.シアワセノイロ~家族になりたい~
03.虹の地球
04.サイレント・イヴ
(池田聡)
05.モノクローム・ヴィーナス
06.愛の言葉
07.燃えつきるまで
08.倉庫(ロフト)BARにて

(デュエット)
09.ふたたびの恋
10.久しぶりに手をつないで
11.つよく、つよく…
12.11月
13.幸せになりたい
14.Touch me, kiss you
(Encore)
15.Stay with me

池田聡:Vocal, Acoustic guitar
辛島美登里:Vocal, Piano
安部潤:Electric&Acoustic Piano
 第1部が終わり、15分の休憩を挟んで第2部がスタートする。バンドメンバー4人の演奏が始まり、そしてステージに再度登場した美登里さんは、第1部とは装いをガラリと変え、肩の大きく開いた黒のドレス姿だった。第1部の白の衣装が「陽」のイメージとすれば、この黒のドレスは「陰」のイメージであろうか。ややミステリアスな雰囲気のオープニングナンバー『蛍』もそのイメージに沿った選曲と思われる。

 『蛍』は2年前の夏、横浜赤レンガ倉庫で行われた『夕涼みコンサート』の前夜、「突然枕元にメロディの行商人がやって来て『ええ曲ありまっせ』と囁いた」(本人談)ことで出来たナンバーである。その時は『朝に太陽、夜に星空』という仮題が付いていたのだが、アルバム収録時に『蛍』と改題された。

  失敗はくじ引きで決まるんだよ
  あなたじゃなけりゃ 誰かが当たる
  デスクは皆見ないふりで聞いている
  怒る人も 疲れてるんだね

 毎日疲れた身体を引きずって、電車に乗り家路に就く。そんな時にはこの歌が沁みる時がある。



 ここでこの日のスペシャルゲストが登場する。シンガー・中西保志さんである。彼は黒いTシャツを手にステージに現れた。
 http://www.y-nakanishi.com/

 第一声は「辛島さん!Tシャツ、間に合いました!」だった。到着が遅れていた追加発注分のTシャツが、第1部の終了直後に開場に届いたとのことだった。「皆さん、買うてください!」とキッチリ宣伝をやってくれた。

 美登里さんの最新アルバム『colorful』には、デュエットナンバー『つよく、つよく…』が収められている。CDでその相手を務めるのはシンガー・中川晃教さんで、東京公演では彼がスペシャルゲストとして出演したが、名古屋・大阪公演では中西保志さんがデュエットパートナーを務めることになった。

 中西やっさんは奈良市出身で大阪・清風高校(ちなみに私も受験経験あり)を経て同志社大学を卒業した生粋の関西人で、美登里さんと同じ1961年生まれの「同級生」である。

 「辛島さんと言えば奈良女子大学のご出身なんですが、実は僕、その附属幼稚園の出身なんですよ。で、大きくなったら奈良女子大学へ入りたいと思ってたんですが、小学生の頃に僕には受験資格がないということに気づきまして…」

 早速ギャグを飛ばすと客席は爆笑の渦。同時期に奈良で青春時代を過ごした者同士の思い出話が続く。

 「辛島さんがポプコンでグランプリを獲らはった時は、そりゃもう奈良の街は凄かったんですよ!奈良駅前の古~い商店街に…」
 「そうそう、東向(ひがしむき)商店街!」
 「…そこにポスターがあっちこっちに貼ってあるワケですよ。『辛島美登里、世界歌謡祭出場!』ってデカデカと!」

 舌好調の中西やっさんの関西弁ローカルトークに、つい美登里さんも釣られて関西弁が出てしまう。「東向商店街」というローカルな地名が二人の口から出て来た時は思わずニヤリとしてしまった。高校の同級生がこの商店街で台湾茶専門の喫茶店を経営していることもあって、私も時々足を運ぶのだが、間違いなくこの二人もあの商店街を大いに利用してきたワケで、言わば自分の「準生活圏」を、彼らもかつて生活圏としていたという事実は感慨深いものがある。

 そしてデュエット曲『つよく、つよく…』。この歌は「37歳の女性と27歳の男性のラブロマンス」がテーマで(美登里さん談)、中西やっさんがその「歳下の彼氏」を演じるという設定である。思わず客席からも笑いが漏れた。

  つよく、つよく 抱きしめて
  この手が冷たくなる刻(ひ)がきても

 3回目のサビのこのフレーズを美登里さんが歌い終えた直後、何と中西やっさんがいきなり美登里さんを抱き寄せた!ここが客席のボルテージが一番上がった瞬間だったかも知れない。驚いた美登里さんの表情が何とも言えず可愛らしくて、こちらも思わず笑みが漏れる。そしてそのままの体勢で肩寄せ合って最後までフレーズを歌い切った。

  つよく、つよく 抱きしめよう
  めぐり逢えたね これが最後の ほんとうの恋

 客席はやんややんやの大喝采。この時ばかりはやっさんが完全に美登里さんを「食って」いた。

 そして美登里さんが下手から一旦ステージを去り、やっさんのコーナーに入る。

 「この歌のおかげで僕もこうして歌えてるワケなんですが、ありがたいことにいろんな人がカヴァーして下さってね…例えば倖田來未さんとか、EXILEの…誰やったっけ?とか、韓国の歌手の方もカヴァーして下さってるんですが、やっぱいろんな人に歌い継がれるっていうのは、名曲なんやと思います」

 さまざまなシンガーにカヴァーされるということは「名曲」であることの一つの証明とも言えるが、そういう意味では美登里さんの代表曲『サイレント・イヴ』も、その条件を満たしているということでもある。そしてやっさんがその代表曲『最後の雨』を熱唱する。

  本気で忘れるくらいなら 泣けるほど愛したりしない
  誰かに盗られるくらいなら 強く抱いて 君を壊したい

 恋人を失った男の嘆き―男のラブソングにはそういう歌が多いが、その中でもこの歌は一級品だと私も思う。



 やっさんが美味しいところを全てかっさらって去った後、女性パーカッショニスト・はたけやま裕さんのソロが響き渡る。あの細くて柔らかそうな手からは想像しにくい、パワフルなラテン・パーカッションの音が響き渡る。

  痛ったた 棘と 知ってて 触る
  もぎとった薔薇ほど愛しくて
  歪んじゃった ジェラシー 撃ち抜いて 天使
  好きだと思えば思うほど

  あなたの毒になる 壊すの少しずつ
  夢うつつ恋したいね 死ぬまで
  面白く でもちょっと 嘘っぽく


 軽妙なラテン系のリズムとややコミカルなメロディラインに乗せて歌われる『毒』。歌手・辛島美登里の持ち味は優しさ溢れるその歌詞ではあるが、その反面こういった、文字通りの毒を含んだ歌を書いても独特の味がある。初めて彼女の歌を聴いた時は、「優しい笑顔の背後に鋭利なナイフを隠し持っているようだ」という感想が浮かんだが、この『毒』も初期の『赤わいん』や『Jealousy』に通ずる「女の恐ろしさ」が描かれた歌だと感じた。

 間奏では一人ずつバンドメンバーのソロ演奏があり、これでメンバー紹介をする形となっている。ギター・武藤良明さんのプレイにまたも目が釘付けになった。ベース・平石カツミさんは以前さだまさしのコンサートツアーで観たことがあるが、その時には無かった激しいベースソロに思わず舌を巻いた。



 この『colorful』ツアーは、美登里さんのデビュー25周年記念のコンサートツアーでもある。そこで開催に先立ち、公式サイトで「あなたの25周年エピソード」の募集が行われた。そのうちのいくつかが美登里さんの朗読で紹介されたが、男性ファンは主に自分の妻に関する話が多かったのに対し、女性ファンからは主に自分の子供の話が多かったという。「ダンナさんはどこ行っちゃったんでしょうか?」と、女性ファンのシビアさを冗談めかして笑っていた。

 ここからは「辛島美登里らしい」ナンバーが続く。『あなたは知らない』は武藤良明さんのガットギターアレンジが毎回アドリブで演奏されたそうだが、どんなフレーズが飛び出すか予測が付かずに毎回ハラハラしながら歌っていたとのことだった。そして『あなたの愛になりたい』は、ある意味『サイレント・イヴ』よりも美登里さんらしさが溢れていた。この優しさと懐の深さこそが彼女の世界観なのだと改めて感じた。



 第2部もそろそろ締めとなった。言わずと知れた彼女の最大のヒット曲『サイレント・イヴ』だが、このアルバム『colorful』ではアレンジを大胆に変更してある。

 当初この歌を書いた時は、彼女も恋愛が上手く行かなかった時期だったそうだ。なので歌う時も「なぜ 大事な夜に あなたはいないの」のフレーズに力が入ってしまっていたそうなのだが、歌い続けていくうちにいろいろと心境の変化が生じ、「もう一度 私の夢をつかむまで Silent Night」に力点を置くようになったのだという。今年54歳になった彼女はまだ結婚を諦めていないと直接話すのを聞いたが、我々ファンとしても早く夢と幸せをつかんでもらいたいと切に願っている。

 『シアワセノイロ~家族になりたい~』を歌う前、彼女はこう語った。

 「ずっと応援して下さっている方、今日久しぶりに来て下さった方、そして初めて来て下さった方…私を『家族』にしてくれてありがとう!」

 この感謝の気持ち、いかにも彼女らしい。

  誰かのために涙を流す
  やさしい人 だけどあなたは
  自分のことで泣いちゃいけないって
  我慢してきたね、ずっと

  アイシテイル 何度伝えたでしょう
  でもあなたと出逢って 初めて思った
  家族になりたい 泣き笑いしながら
  シアワセノイロ 普通の日々をあなたと歩きたい



 そしてアンコール。『一歩一歩ずつ』は元々、鹿児島県大隅地方の『大隅スマイルプロジェクト』のテーマソングとして書かれたナンバーだったが、歌詞の中の「大隅」を「大阪」に変更して歌われた。彼女にとっては久々のアップテンポのポップナンバーで、これで一気に会場の温度が上がる。

  この地球(ほし)がつないできた『愛』の意味って何だろう?
  手渡したいあなたに ふるさとの地図を

  大阪の海と星 笑顔の素がここにあるよ
  伝えさせてあなたに 「会えてよかった」

  なりたい自分が 心に描けるなら
  オメデトウ 夢はもう、半分かなっている

  一歩一歩ずつ 一歩一歩ずつ
  東西南北 前向きの風にのり
  一歩一歩ずつ 一歩一歩ずつ
  靴紐を今 結び直して わたし色の道を行こう


 そして美登里さんが歌いながら客席に降りてきた!1階席の通路を、ワイヤレスマイクを片手に歌いながら、観客と次々にハイタッチを交わす。サビでは観客にマイクを向け、「一歩一歩ずつ 一歩一歩ずつ」のフレーズを歌わせる。シャイな人柄の彼女だが、デビュー当初の頃を思うとこんな光景は想像出来なかった。きっと彼女もこの25年で、こんなしなやかさと逞しさを身につけてきたのだと思う。

 そしてラストナンバーは、東日本大震災以後のコンサートではもはやお決まりとなった『手をつなごう~ひとりぼっちじゃない~』。最後のサビでは観客全員で本当に手をつないで、その絆を深め合おう―そんな「お約束」が生まれた。

  手をつなごう 手をつなごう 大人の手も 子供の手も
  この地球のメッセージを いろんな手が運んでゆくの
  今日の涙は 未来の愛にかわってゆく
  ひとりぼっちじゃない


 喝采に見送られ、手を振りながら美登里さんはステージから消えていった。



 終演後はCDもしくはTシャツ購入者はもれなく握手会に参加出来ることになっていた。勿論私も、握手目当てと言うよりは、この日の御礼を言うために行列に並ぶ。この握手待ちの行列の中で、無事友人を見つけることも出来た。

 小一時間ほど行列に並んで、やっと私の番が回ってきた。

 「どうもお疲れさまでした。いつもお世話になってます。25年間応援してきて良かったなあと改めて思いました。この頃ちょっと体調がイマイチやったんですけど、おかげさまでちょっと元気が出て来ました」

 この日の思いを美登里さんに伝えた。以前ファンクラブの懇親会で美登里さんに話したことがあって、私が持病を抱えているのは美登里さんもご存じである。

 「うん、うん、無理しないで行きましょう」

 「頑張って」と言わないところがさすが美登里さんだと思った。こんなに優しくて温かい人だから、老若男女を問わず固定ファンが多いのだと改めて思う。

 辛島美登里というシンガーソングライターは、確かに卓越した歌唱力とメロディセンスを持っている。でも、彼女の魅力をそれだけで語ってしまっては、本当の魅力について語ったことにはならない。やはりその温かい人柄が紡ぎ出す歌と、そこに込められた想いこそがファンの心を捉えて離さないのだと、再認識した次第である。

 ここまで25年、そしてこれからも。私はずっとシンガーソングライター・辛島美登里を応援し続ける。

  辛島美登里 25th Anniversary Concert~colorful
  森ノ宮ピロティホール
  16:00 Start/18:30 End

  [Set list]
  (第1部)
   00.Overture~Waiting for spring
   01.笑顔を探して
   02.雨の日
   03.時間旅行
   04.あなたと
   05.名前のない空
   06.たしかなこと
   07.愛すること
  (第2部)
   08.蛍
   09.つよく、つよく…
   10.最後の雨
   11.毒
   12.あなたは知らない~colorful version~
   13.あなたの愛になりたい
   14.サイレント・イヴ~colorful version~
   15.シアワセノイロ~家族になりたい~
  (Encore)
   16.一歩一歩ずつ
   17.手をつなごう~ひとりぼっちじゃない~

  [Musicians]
   辛島美登里:Vocal, Piano
   武藤良明:Guitars
   扇谷研人:Piano, Keyboards
   平石カツミ:Bass
   はたけやま裕:Percussions