ZEROのブログ -2ページ目

遅発性統合失調症の母

いきなり暗い話ですがwww

15年くらい前の話まで遡ります

うちの母は自分が高校くらいの時に異変が現れ始め、それから今までずっと誰にも言えずいたんですねぇー

精神症状は明らかにおかしいことはわかっていたのですが、当事者はその意識がないので、
精神病院へ行くことを頑なに拒否をします。

近所へ迷惑をかけることもしばしば。

保健所や警察からしばしば電話がきてねー。いやぁ…あの時は大変でした。

無理にでも病院に連れて行けばよかったとも思うのですが、父や私の身の危険を感じる程だったので、
とても病院へ連れて行ける状況ではありません。

警察や、保健所へなんども相談へ行ってどうにか連れて行ってもらえないものかと懇願したりもしました。

でも、彼ら曰く、何か問題が発生してからでないと、強制的に連れて行けないそうです。

警察や保健所は予防と言う意味で、だれかを殺傷する可能性のある人物を病院へ連れて行くことはできないそうです。

もはや打つ手なく、放置する道しか選べず、それから13年の歳月が流れました。

その間も母は近所へ迷惑をかけ続け、その度にしばしば、警察署へ行って身元引き受けをしました。

ある時、母は身体に異常をきたし始め、自由に動くことすらままならなくなりました。
そんな状態にも関わらず、何を言っても断固として私の言葉には耳を傾けてくれません。

完全に栄養失調状態でした。

その時、精神科と内科を見てもらえる病院を片っ端から探しました。

内科で入院すると言う名目で精神病の治療もしてもらう為です。

精神科では、内科を診察することが出来ないため、精神病専門の病院は完全にOUTでした。

そこで、とある大学病院へ見てもらうことが決まり、入院することができました。

さまざまな不安もありましたが、それとは裏腹に母の状態はどんどんよくなりました。

片道二時間半もの道のりでしたが、入院できて本当によかったと思います。

もっと早くに入院できていたら、私自身も今とはかなり違った人生を歩めていたのかと思います。

今の母はかなり状態がよくなり、ある程度放っておいても、大丈夫な状態まで回復しました。

今にして考えると、きっと母はさびしかったんだと思います。

一人っ子の私が仕事をするようになり、父も家のローンに追われ、仕事の毎日。
母はいつも家で一人でいました。

いつも母は、この家を守らないとって言っていました。

後悔してもしてもしきれません。

15年前に戻れるならその時の自分におしおきします。

そして、その守らないとと言っていた家はもうありません。

初!

アメブロではお初!

いろいろB型一人っ子の男の心境を書いてくでー