移民とテロ

 

東海大学平和戦略国際研究所

客員教授 新谷恵司

 

1.移民を受け入れると治安は悪化するか

「移民を受け入れると治安が悪化する」とあなたは漠然と信じていないだろうか。あるいは「テロリストは移民に混じって入国してくる」という主張を聞いたことはないだろうか。後者は、トランプ米大統領の選挙公約の根底をなす考え方で、対メキシコ国境の壁建設とか、突然の特定国からの入国禁止の大統領令などで物議を醸した。

 これらの主張がどの程度妥当なのか、と問いかける調査結果に接した。8月末、英国南西部スワンジーで開催された「国際CVE研究コンファレンス」においてである。この国際シンポジウムは、既報(本誌Vol.44号)のとおり、国際決議に基づき設置された、CVE(暴力的過激主義対策)研究の中核的センターであるHEDAYAH(本部:アブダビ)等が主催して年1回開かれているもので、わが国からは昨年に続いて唯一小職が出席した。

 研究は、レバノン、ヨルダンなどの近隣諸国に逃れているシリア難民の思想的傾向と移動先(移民先)に関する希望を調査したものであった。結論としては、①そもそも、難民の多くは欧州に移住するより、シリアに帰りたいと思っている、②欧州に渡りたいと思っている難民は、思想的に、より穏健な人が多い、③過激主義的傾向の人は、よりシリアに帰りたがっている、ということが明らかにされた。この調査結果は、日常的にアラブ人と接触のある小職としては肌で感じるところであり、説得力があると感じたのだが、読者はいかがであろう。この研究の発表者は、移民によるテロが起こるためには、移民が過激主義に感化されて「テロリスト」となり、かつ移民しなければならないが、調査結果はその逆を示している、にもかかわらず、例えば米国で世論調査を行った結果、イラク・シリアからの移民がテロの脅威をもたらしていると思うかとの質問に46%が強くそう思う、36%がある程度そう思うと答えている、と指摘した。

 

 また別の研究者は、ドイツにおける外国籍住民に対して実施されているCVEプログラムを数的に分析し、「過激主義者(テロリスト)は、移民をターゲットに『戦士』をリクルートする(洗脳する)」という概念が正当なものであるかどうかを議論した。こちらも結論を言うと、それは、しっかりとした根拠のない、感覚的な思い込み(Bauchempirie)に支配された結果、「移民=過激主義者」というイメージが一人歩きしているのだ、ということが論じられた。

 

 これを、最初の研究の成果と合わせて論じるならば、より穏健で、新天地に生活の安定を求めて移住してきた人々は、過激主義に染まる可能性は、一般人よりも更に小さいということが言えるであろう。また、過激主義への誘いは、移民、非移民に等しく行われているものの、それが移民集団において特に成功しているという事実はどこにもない、という点も明らかにされた。

 

2.「ヘイト」の有害性、排外主義の危険性の認識

 新たな移民の流入が「油」となり、排外主義を核とする極右過激主義の火が欧州で燃え盛っている。そしてそれは欧州の政治潮流となるだけでなく、本来移民の国である筈の、新大陸:米国、豪州においても然り、である。それは、過去に「イスラム恐怖症」(Islamophobia)といった形で突出し、極端な風刺画や、コーラン焼き捨て、礼拝所(モスク)襲撃といった現象に発展し、本来、起こさなくても済んだテロ事件を引き起こす呼び水ともなっている。

 

 わが国の事情を振り返ると、まだ「移民問題」の発生には至っていないが、「ヘイト」スピーチやデモを行う集団とこれに反対する人々の「対決」が小職の住む川崎市では話題に上るなど、この問題は大なり小なり世界的な傾向である。人はなぜ、こうも隣人に対して非寛容であるのか?

 

 このことは、新たな研究を待たなくとも社会心理学的な説明はついている。人間は異文化に対し身構え、本能的に自衛しようとするのである。その一方で、「過激主義が襲ってくる」と認識し行動するのではなく、自らの行為が「過激主義傾向の人を生み出し、かつテロに追いやる」危険こそ認識すべきであるし、そうであってはならないという教訓もまた、普遍的なものだ。今後移民を本格的に受け入れるわが国の社会政策の基本に据えなければならない原則であろう。

 

3.「イスラム国(IS)」後の世界

シリア・イラクに「領土」を維持するほどに拡大していたイスラム過激主義(サラフィー・ジハード主義)の問題は、この武装集団の消滅で軽減されるのか?この観点での発表と議論も、今回のシンポジウムの注目点であった。

しかし、世界は急に安全になったとは言えないようだ。帰還戦闘員を抱える諸国の問題、破綻国家となったリビアやソマリアといったアフリカ方面を安住の地とするテロリスト対策、サイバー空間を利用した洗脳…、どの問題を取っても、問題の核である「サラフィー・ジハード主義」が一部のイスラム教徒に説得力を持つ現状においては、警戒を緩めることはできない、ということだろう。中東アフリカ方面では、IS系とアルカーイダ系が戦ってきたが、ISの退潮により、アルカーイダ系の過激主義グループはむしろ勢力を増しつつある、との見方もある。

ほとんど全てといってよいほどのイスラム教徒はテロと過激主義については「無実」である半面、暴力によって過激な目標を達成しようという集団や個人は実在し、衰えていないのである。

 

4.サイバー・インテリジェンス力の強化を

 今後も国際テロリズムの魔の手からわが国の権益を守っていくためには、このような実証的研究成果を基礎としたデータを活用していく必要がある。観光立国を目指す日本への外国人渡航者数は増大の一方であり、また、「骨太の政策」で示されるとおり、わが国は本格的な移民労働を受け入れることとなる。しかし、本稿で紹介した研究結果は、このような経緯で流入してくる移民、外国人を「色眼鏡」で見る必要はない、ということを示している。その一方で、サイバー空間を経由するなどして勧誘されるローンウルフや過激主義細胞には、更なる警戒が必要であろう。脅威は目に見えないところで準備されるのである。また、直接、テロの被害を受けないまでも、わが国の居住者が、アジア諸国の過激主義集団の活動に便宜を与える役割を果たしているとの情報もある。治安当局には、国際協力を進め、サイバー・インテリジェンス能力を高めることが求められている。(了)