サイバーエージェントの藤田晋社

のブログに非常に感銘を受け

たので以下、引用する。

このアメブロもサイバーエージェ

ントの大ヒットコンテンツであるの

は、皆知っての通り。



元ライブドア堀江さんも書いていた

が、若くして財をなしえたこの方

ちは、とにかくめちゃくちゃ仕事し

ていた、ということ。


遊びを忘れて、それぐらいやらない

と成功などあり得ないのである。


肝に銘じたい!


また、愚直の内容も興味深い。

どういう人物が仕事の成果を上げる

のか、実に勉強になる。


「愚直」


少し前に大学時代アルバイトしていた会社の

専務と飲んだとき、ふと


(あれが原点だったのかも知れない・・)

と考えるような、学生時代に大きな影響を
受けたことを思い出しました。


それはある先輩社員の思い出話をしていた

時のことですが、

その先輩は営業の仕事をしていたのですが、
他の同僚の人と比べても、

一流大学を卒業した訳でもなく、失礼ながら
頭脳明晰なタイプにも見えませんでした。


しかし、常に営業成績はその人がトップ。

その人の営業スタイルは、とにかく愚直
という言葉がふさわしく、
「あ」から順番にアポイントの電話をかけまくり、

冷たくあしらわれたり、無下に断られたりしても

全く意に介さず、
アポイントが取れたら、何の迷いもなく

自分の商品を一生懸命客に勧め、
その後は、こまめに電話をかけ、頻繁に訪問し、
ひたすら受注につながる提案をするという。


私はアルバイトながらも、
(もっと頭を使えばいいのに・・・)
と思ったものですが、不思議なことに、

もっと頭の良い同僚もたくさん居たのに、何年も
誰一人彼に営業成績で勝てなかったのです。

お客様がそんな営業されたら迷惑だろうとも

思いましたが、意外に顧客満足度は高く

頼りにされてました。


それが頭が良いことと、仕事で成果を挙げる

ことは全く別だと知ったきっかけでした。


その影響で、自分が就職してスタートをきった時、
土日も休まず働き、

会社を始めた時、週に110時間も働いたのでした。


その原点というか理由を思い出しました。


最初はそれでいいですが、もちろん最終的には
愚直なだけではダメです。

なぜなら組織の上層部に行けば、より戦略が

成果に対して重要度を増してくるからです。


私の経験から言えば、

愚直なだけの人は上層部に上り詰めて躓き、

頭が良いだけの人は上層部に上れずその前で躓く

パターンが多い気がします。


愚直且つ頭が良ければ最高だと思います。


知力、想像力、知識と、成果をあげることとの間には、

ほとんど関係がない。頭のよさが成果に結びつくのは

体系的な作業を通じてのみである。

~ピータードラッカー~


「ユージュアル・サスペクツ」


ファーストシーンから《疑問の魅力》で観客を引き込んでいきます。何が起こるのだろうと、疑問を持った時点で、我々はそのドラマに参加しているのです。

尊敬する脚本家・野沢尚(04/06/28・享年44歳)氏のお薦めだった『ユージュアル・サスペクツ(THE USUAL SUSPECTS)』を観ました。「重要参考人」という意味らしいです。
ケビン・スペイシーと「仮面の男」でダルタニアン役のガブリエル・バーンの二人が特に印象的でした。ガブリエル・バーンの扮するキートン役の声が津嘉山正種さんだったので、重要な役だろうと思って観ていました。

もし、これから観てみようと思った方のために、簡単なストーリーをお知らせします。この作品は1995年度アカデミーオリジナル脚本賞を受賞しているので、シナリオを勉強している方は必見の作品だと思います。
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クイヤン捜査官の執拗な尋問にヴァーバル・キント(ケビン・スペイシー)という、体に障害を持つ男が、ある事件をきっかけにして出会った4人の仲間達と共に、いくつかの犯罪を犯してきたことを話す。
その中のある強盗事件の失敗によって、コバヤシという謎の弁護士に面会した。そして、貨物船を襲撃するよう命令されたという。はじめは、そんな仕事は受けないという態度を見せていた5人組だったが、5人の家族、知人をすべて把握されているファイルを見せられ、コバヤシはあの伝説の犯罪王『カイザー・ソゼ』の使いの者であることを知ったとたん、その命令に従わざるを得なくなった。その命令とは9100万ドルもの麻薬取引が行われる貨物船の現場を襲撃することだった。そして、27人もの死者が出た貨物船の大爆破事件が起きたのだった。
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まず、この物語には『カイザー・ソゼ』という、FBIがマークしている極悪非道の大物のギャングの存在がある。ただ、誰もその正体を知っている者はなく、その存在自体も伝説化している謎の人物だった。

カイザー・ソゼがいかに恐ろしい人間かヴァーバルによって語られる。
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【ソゼの悪魔の所業】

る日、対立するハンガリー人数人が、ソゼの家を襲った。
ソゼが帰宅するとレイプされた妻と泣き叫ぶ子どもらがそこに。
ナイフで1人の子が殺された。
どうだ、手持ちのヤクと縄張りを寄こせ、とソゼを脅した。

ここでソゼは信じられない行動に出る。
辱めを受けて生きるよりは、いっそ殺してやる方が妻と子どもの救いになると、家族全員を撃ち殺した。
奴らも撃ち殺し、わざと1人だけを逃がし、復讐の鬼と化した。

襲った奴らの妻子と両親、その友人を殺し、彼らの家と働いていた店を焼き払い、最後に彼らに金を借りていた奴まで殺したのだ。
それ以来、地下に潜って姿を消し、伝説となったのである。
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今作品は脚本も素晴らしいですが、半身麻痺の障害者で詐欺師のヴァーバル演じているケビン・スペイシーの演技は見事です。まさしく、くせ者という感があります。その後一転「交渉人(1998)」では公渉警官・クリスという役で180度違う、骨太な役を演じました。
この作品当時、ケビン・スペイシーは今ほど有名でなく、この作品でステップアップしたのではないでしょうか。

私は、作品を2度観ました。部分的には一時停止したり、繰り返し観たりもしました。
2度目で、「ああ、そうだったのか」と思いました。
「コバヤシ」という弁護士が話の中で語られるが、日本人ではない。
何故、日本人でもない人を「コバヤシ」と呼んでいたのか?私は当初それが気になりました。
その謎も後で解明するのですが・・・・。
とにかく、謎・謎で正解は「なぞなぞ」かもしれません。
本当は、まだ不明な疑問が残っています。


《シャレード》がうまく使われています。
ライター、珈琲カップ、拳銃の使い方、縄のロープ、伝言板情報・・・

シャレードとは、セリフで観客に伝えるのではなく、何かを『象徴』として示すことによって、その言わんとする意味が伝達されることです。
つまり、一つの物(小道具、動作)を見せることで、その背景や陰にあるものを、ズバリと的確に表現するのです。

ラストシーンのシャレードは印象的で、映画史上に残ると言っても過言ではないでしょう。

さらに《余韻》を残して終わっているのです。
《余韻》とは単なる静かなものではありません。
「何か未解決な物」を残して置くやり方が、ウマイ《余韻》の出し方です。

後、『カイザー・ソゼ』どうなるのか、とても気になって仕方ないのは、私だけでしょうか?

♯ケビンスペイシー♯ユージュアル・サスペクツ

「おっぱいバレー」 ★★★ (星3つ)


水野宗徳氏による実話を基にした同名青春小説です。
制作プロダクションが「ROBOT」というのが見てみたい要因だ。
この会社は昭和ノスタルジーを背景にした作品を意識的に制作しているようだが、良い作品が多い。日本映画界ではこれから注目の制作プロダクションだと思う。
監督「海猿」羽住英一郎
音楽「ALWAYS 三丁目の夕日」佐藤直紀
脚本「君の手がささやいている」「ビーチボーイズ」岡田惠和

と、僕が大感動した好みの制作スタッフなのも嬉しい。
けれど。。

教師・寺嶋美香子(綾瀬はるか)は、昔、高校受験前の生徒と「ロックコンサートに一緒に行こう」と生徒を誘ったことが問題視される。教頭校長に詰問され、自分が言い出したことではなく、生徒から出た話だとその場を言い逃れてしまう。そのことで生徒からの不信を買い、心の傷となっているのだ。


その不信を買うシーンもドラマチックにするため、もっと大げさでもよかった。
だが、それも含めその描写が甘いように思うのだ。ヒロイン美香子が純粋で心の美しい持ち主ならもっとその事で後悔し、苦悩する描写でなければならない。
道徳を説く立場の教師が自己保身のため嘘をつき、生徒のせいにしてしまったのだから。

そして、新しい学校で同じような場面に遭遇する。バレー部顧問の美香子は、試合に勝ったら生徒におっぱいを見せてやる、ということが校内で噂になり、教頭校長に問題視されてしまう。だが、バレー部の生徒たちは瞬時に自分たちの言い出したこと、先生は関係ないと言う。けれど、美香子は過去の傷を払拭するように、自分の責任だと生徒を庇う。

この二つのシークエンスは、ストーリー上対照的にとらえられ、印象的かつ感動的でなければならないはず。このへんは監督の力量だと思うが、脚本の甘さ、役者の演技力不足もあり残念な構成になってしまった。


「キャラが立っていない」

同僚教師役の青木崇高(スターダスト)は気の毒だ。
存在の意味のない位置の脚本で、この人が美香子を支えるポジションなのに、そのホン(台本)をもらえなかった青木崇高は不満が残ったろう。

それとインパクトに欠ける作品になったのは、バレー部の子役たちのネームバリューのなさと、演技力不足。無名でもいいが、演技力のある子供たちを起用すべきだった。

演技力もあるが、もっと子役たちのキャラを立てないと。
似たような青春もので市原隼人の「ぼくたちと駐在さんの700日戦争」を観て欲しい。学生は皆、キャラが立っている良い例がある。キャラが立っていたのは不良先輩の石田卓也。キャラも演技も光っていた。

他、九州のハナシなのに方言を使用させないのもリアリティに欠ける。
演技の面では「綾瀬はるか」は女優として喰っていくのは苦しいでしょうね。ホリプロという大手芸能プロダクションにいるので、仕事はひっきりなしだが、主役として起用できる力量ではない。


○「いいモノが詰まっているだけに、惜しい」

美香子が万引きをして、尊敬すべき恩師と出会い、教師を目指すきっかけとなったエピソードはとてもいい。

教師として自信を失い欠けた美香子が恩師の墓参りで奥さんと出会い、知らなかった事実を知るシークエンスもいい。奥さんの市毛良枝も最適役だ。
不良になりかけた後輩を、チーム全員が凶暴な先輩から助けようとするのにも泣ける。
昭和のヒット曲がBGMで随所に流れるところも効果的。おじさんの僕にはグッときた。

この作品は作り方によっては大化けする。私がプロデューサーなら脚本は『ROOKIES』『ムコ殿』の「いずみ吉紘」さん。美香子は「宮﨑あおい」これだけで、グッと締まる。



若い頃よく耳にした言葉。

勝つことだけがすべてではない」

それは、弱いチームの言い訳、又は、大人の詭弁だと思っていた。
スポーツ、武道は「勝たんと意味ないやろ」真剣にそう思っていた。
がいい年をした大人になった今、こう思う。

利するために、


皆が力を合わせて練習、稽古する。

つらいトレーニングを皆で経験する。

同じ目標に向かって心をひとつにする。

試合中ミスをしたチームメイトをかばう、助ける。

苦労しても報われない事もあると知る。

同世代のものが同じ時間、境遇を共有する。

本当に大切なことはこういうことだった。試合で勝った、負けたは二の次。もちろん、勝つことにこしたことはない。できればもちろん勝ちたい。優勝したい。でも、何年もたてばどちらもよい思い出なのだ。学生スポーツ、アマチュアはそれでいいのです。

つことにこだわるのは、プロだけでいい。

おっぱいバレーの生徒たちは、ダメ人間だった。でも、クラブ活動、バレーというスポーツを通じてたくさんの事を学んだ。身を挺して後輩を救ったように。

試合に負けても、彼らがバレー部で経験したことは一生の財産なのです。