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テディ タカハラの旅ブログ

アジアひとりぼっち 旅して、恋して、微笑んで
第1章 スサイゴン 恋する街角、
第2章 コリアンシンドローム〜友への祝辞、
第3章 ジプニー乗って微笑んで、
第4章 微笑みの国からこんにちは、
第5章 デジャブー、ララバイ、

「あなた」、

少女が身に着けた汚れたTシャツにはそう書かれていた。
僕には何か語りかけられているように思えてならなかった。

立ち止まると、
少女は汚れた手を口元にもってゆく動作を二、三度くりかえし、
その手を差し出す。何か食べるものを乞っているのだ。 

靴を履かない足はキズだらけ。髪は何日も洗われていない。
やせっぽちで心なしか精気のない姿、差し出す手にも力はない。
僕はポケットの中から一ペソを取り出し、
少女のてのひらに置いていた。
少女はじっと目を見て、何も言わず立ち去っていった。

僕は少女を追いかけていった。
僕にそうさせるのはただの好奇心でしかないことを知っていたが、
自ずと体が動いていたのだ。
自分を満足させるにはやはりそうするしかなかった。

少女はまだ車の少ない通りを横切り、教会へ向っていた。

午前五時、扉は開かれていた。
中にいた大勢の人々が祈りを捧げていた。
朝早くから人々がそうする姿は、神にすがりついているように思えた。
少女は同じように祈りを捧げていた。
少女の横顔がやすらいでいるように思えた。
おそらくそうすることが日課なのだろう。

信心が無いと言われるかもしれないが、
僕には毎朝少女が祈ったからといって、
状況が変わるようには思えなかった。

しばらくそうした後、
少女は立上り近くにあった公園まで歩いて行き、
汚れたベンチの前で立ち止まり、
そこで横たわっていた少年に身をそわせていた。
ベンチをベッド代わりにしているのだ。

二人は姉弟のようだった。

少年は空っぽになったカップラーメンの容器を大切そうに抱えていた。
Tシャツを着てはいるが、パンツをはかずに陰部をさらけ出していた。
ベンチの周りには汚物が散らばっていた。
そのまま用を足していたのだろう。
公園には他にもベンチがあったが、同じように子供たちが眠っていた。
彼らは学校へ行けないだけではない。親もなく家もない。
そして頼る施設ですらない様子だった。

僕は目の前にある出来事を正面から見ることができなかった。
何もできない自分がそこにいる。ただ自分の無力さを感じるのだった。

僕に気づいた少女は起き上がり近づいてきた。
笑みを浮かべてはいるが、どこか悲しみが感じられた。

とまどう僕を見て、少女はまた手を差し出していた。
占いババの予言 VOL.40 あとがき

コンクからの手紙のつづきです!

1999年6月、父が他界した。
あの不思議な出来事があってから10ヶ月後のことだった。
本来なら、その年の5月にUと結婚式を挙げるはずだった。
しかし、その数か月前、彼女から結納破棄の申し出があった。

理由は、

思い出せない、、、、、、

何度も話し合いをしたことは覚えているけれど、
どうしても、その内容が思い出せないんだ。

父が生きている間に晴れ舞台を見せたかった。
そんな思いが強かっただけに、、、、、、、

やはり、それは受入れ難い事実だった。

周りの人々に対して恥ずかしいと思う気持ち、
自分自身が情けないという気持ち、

彼女が憎いという気持ち
それでも、彼女を好きだという気持ちが入り混じり、
自暴自棄になったこともあった。

しかし、父の口から以外なことを伝えられた。

父が亡くなる数週間前、彼女は父に会いに行ってくれていた。
そこで彼女自身の気持ちや考え方などを話していたらしい。

父には、そのことがよく理解できたらしい。
できないのは、当時僕だけだったのかもしれない。

全ては、掛け違えられたボタンだった、、、、、

結局叶わぬ想いで終わってしまったけれど、
彼女のことは、別に恨んではいない。

そう思えるようになるまで、3年もかかった。

今、彼女の幸せを心から願っている、、、、、、


さて、キアポで占ってもらった占いババの予言によると、
まだ3つも起こっていない未来の出来事が残されていた。

1.あんたには、新しいビジネスが見つかるだろう!

2.あんたの嫁さんは、とても遠くからやってくるだろう!

3.あんたは、33歳の誕生日に結婚するだろう!

フィリピンの旅から帰ってきてしばらくしたら忘れていたけれど、

占ってもらったことのうち、ふたつも現実になっていた。

1.この旅も最高のものになるだろう!

2.あんたが結婚するのは、今から付き合う女性じゃない!

占いババの予言は、だから侮れないのだ。

占ってもらったことは、
心の中のどこかに刷り込まれていたのだろう。

しかし、残りの3つのことが現実になる時まで、完全に忘れていた。

再び封印された占いババの予言、

封印が解かれるまで、ちょうど3年と8ヶ月、、、、、
33歳の誕生日までには、まだまだ時間はあった。


ところで、フィリピンのことを誤解していた。

その国には、「貧困、犯罪、売春」といったイメージしかなかった。
確かに、それらは間違いではないのかもしれない。
そして、そんなイメージはそう簡単に変わるはずのものでもない。

しかしだからといって、フィリピンの事が嫌ではなかった。

ちょうどキアポの市でもらった
カラマンシーの実とよく似ていると思う。

一粒食べただけではスッパさが残るだけだけど、
いくつも食べればダンダン喉が潤ってくる。

要するに、その国へ行って、
人々と接してみないと何もわからないということなのかもしれない。

そうすることで、いつの間にか
理屈ぬきのやすらぎを感じるようになっていたのだから、、、

再びフィリピンを訪れたいと思い18年、

もしも、占いババがまだご健在なら、
僕のその後について、もう一度占ってもらいたいと思う。


つづきは、第四章 引き寄せられた男 にて!
占いババの予言VOL.39 コンクからの手紙⑤

ホテル サンカルロスからのつづきです!

数日後、長い夏休みから彼女が帰ってきた。
久しぶりに会うからかな、彼女はとても嬉しそうにしてくれた。

しばらく話した後、
彼女はわざわざフランスから電話してきたことを話題にし始めた。

「 本当に驚いたんだから、あの夢には!
あなたが苦しそうな顔をして、私の名前を呼んで、

ごめんな、ほんまにごめん、
何かとんでもないことをしたって言ったのよ、、、、」

その言葉を聞いて、再び身震いしてきた。

事故を起こし、心の中で叫んだあの言葉、
伝えたかった想いが、一日後に彼女に届いていたのだ。

どうして、彼女はその言葉を聞いたんだろう?
いや、どうして、彼女にその言葉は届いたんだろう?

心の中は戸惑っていた。

そんな姿を見た彼女に、
「本当に何もなかったの?」って尋ねられた。

だから、仕方なくことの真相をうちあけることにした。

しばらくして、彼女の小さな顔が肩に寄せられていた、、、、、

彼女のコンクから出した手紙が手元に届いたのは、
それから数ヶ月してからのことだった。
そこには、彼女の言った言葉がそのまま書いてあった。

「虫の知らせ」っていう言葉がある。

どんな原因で人に知らされるのかはわからないけど、

知らされる人とそうでない人との違いは、
聞いているか、聞いていないかだけで、
実はみんなに公平に知らされているんだと思う。
どこかで、人と人とはつながっているのだろう。
強い思いは、時間や常識を超えて相手に届くようだ。

そんなことがあって、
父に息子の晴れ舞台を早く見せてやりたいっていう想いが強まった。

でも、そうやすやすと事は進まなかった。
キアヌリーブスとサンドラブロックが出演している
アクション映画、「SPEED」の中にこんなセリフがあった。

「異常な経験をして結ばれた2人は長続きしない」って、、、、

彼女とは、
そんな出来事を共有したけれど、
結納まで交わしていたけれど、
本当に素晴らしい女性だったけれど、
その言葉通り、長続きしなかった。

あるいは、まだ結婚すべきではなかったのかもしれない。
もしかしたら、物事の大半は既に決められているのかもしれない。

誰かが耳元で囁いた。
マニラで占ってもらっただろ?
「あんたが結婚するのは、今付き合っている女性ではない」って、、、

確かに、そう言った占いババの予言が見事に当たっていたのだ。

今日も最後まで読んで頂き、ありがとうございます!

つづきは、あとがきにて、、、、、

コンクからの手紙④ 占いババの予言 VOL.38

調書を取られた後、ドライバーが運ばれた病院へ行くことにした。

病院に着いた時、ドライバーの母親らしき人がいた。

その女性に心の底から謝った。

すると、

「こちらにも落ち度があります。
これからは気を付けて運転してください」

ただそれだけ言って許してくれた。

翌日のミッドナイト、鳴り響く一本の電話、

受話器の向こうから聞こえてくるのは、
フランスに旅立っていたはずのUの声だった。
あれほど、高くつくから掛けてこなくてもいいと言ってたのに、、、

でも落ち込んでる時だったから、
彼女の声を聞けて嬉しい気持ちでいっぱいだよ。

フランス南部にあるコンクという小さな町にいるらしい。
少し話した後、彼女に突然尋ねられた。

「何かあったの?」って、、、、

彼女に心配をかけたくなかった。
「何もないよ」って言うと、

彼女から「良かった」とだけ言われた。

「でも、どうして?」って尋ねると、

彼女から、驚くような言葉を聞かされた。

「実は、昨夜あなたが夢の中に現れて、私の名前を呼んで、
ごめんな、ほんまにごめん、とんでもないことをした」

って言うんだ、、、、、

どうして、あの叫びを知っているんだろう?
彼女の言葉を聞いた瞬間、身震いしてきた。

しかし、事故のことは言えなかった。
旅を楽しんでもらいたかったからね。
「心配しなくてもいいよ。何も起こってないから」って言った。

安心したのか、彼女の声は弾んでいた。

今日も最後まで読んで頂き、ありがとうございます!

つづきは、コンクからの手紙⑤にて


占いババの予言 VOL.37 コンクからの手紙③

ホテル サンカルロスからのつづきです!

何かが車体に当たったような大きな音がした。

素早くブレーキを踏んではみたけれど、
時すでに遅く、
大きな物体が宙を待っているのを目にした。
その時、全てがスローモーションで流れていた。

聞こえてくるのは、自分自身の鼓動と父の叫び声だった。

時が止まっているようだった。

、、、、、、、、、、、、、、、、、

あたかも着地に失敗した体操選手のように、
何かが地面に叩きつけられた次の瞬間、

時が急に早く流れ始めた。

一瞬、何が起こったのかわからなかったけど、

地面に横たわるバイクとドライバーの姿を見て、全ての謎が解けた。

真横にバイクがいることを確かめずにハンドルを切り、
巻き込んでしまったのだった。

ブルブルブルブル、身体は震えていた。

殺人事故を起こしてしまったのかもしれないと思ったからだ。

同時に、フランスにいる彼女に向かって、

「Uちゃん、ごめんな、ほんまにごめん、とんでもないことしてしもた」

って心の中で叫んでいた。

人をはね、殺してしまった男には、
彼女と結婚する資格がないと思ったから、、、、、


ドクン、ドクン、狼狽する姿を見て、
父は、素早く対応していた。
ドライバーには、ひとことふたこと声をかけていた。

自分自身も跳ねられ、5回も死にそうになったことがあった。
こういう時、何をすればいいか父は知っていた。

震えの止まらないまま、恐る恐るドライバーに近づくと、

苦しそうな顔をしながら、
「すみません、すみません」そう言ってしきりに謝っていた。

近くのガソリンスタンドの店員さんが電話してくれていたようで、
パトカーと救急車はしばらくしてやってきた。

ドライバーは、タンカに乗せられ、救急車の中へ運びこまれた。
それから、いくつかの病院と連絡を取り、
受け入れてくれる病院が見つかってから動き出した。

しばらくその場で警察から調書を取られた。
すぐ横を通り過ぎていく車の運転手たちはこちらを眺めながら、
事故現場を通り過ぎた途端、SPEEDを増して走り去っていった。
悪気はないんだろうけど、まるで犯罪者でも見るような目だった。

調書を取られた後、ドライバーが運ばれた病院へ行った。

今日も最後まで読んで頂き、ありがとうございます!

つづきは、コンクからの手紙④にて、、、

占いババの予言 VOL.36 コンクからの手紙②
ホテル サンカルロスからのつづきです。

Uは結婚するまでの最後の夏休み、ひとりフランスに旅立っていった。

パソコンもメールアドレスもなかったから、
彼女との連絡方法は、手紙か電話だけ、、、、

でも電話は高くつくよね?
だから彼女には、手紙を書いて欲しいって言ったんだ。
そう言うと、彼女はニコッとうなずいてた。
出発の前夜、そうして別れたのが印象的だった。

甲子園球場で松坂世代と呼ばれる球児たちが、
熱戦を繰り広げていたあの熱い夏の日、
ふたりの間に起こったとても不思議な出来事、、、、、

1998年8月14日、
ソウルで貴重な体験をしてから、3年後のことだった。
朝から暑~い1日だった。

父の入院中、たくさんの人々がお見舞いに来てくれた。
周りの患者さんを見ると、父が好かれていたことがよくわかった。
見舞いに来てくれた人々に挨拶に行くからって、
まるまるお盆の3日間、父に言われる通り車を運転することになった。

もし事故でも起こせば、大変なことになるのはわかっていた。
だから、注意しながら車を運転していた。

あの時、父は今まで見たこともないほど嬉しそうな顔を見せていた。
あるいは、全てを受け入れていたのかもしれない。

今のようにナビのない時代、父を乗せて知らない道を走る時、
いくつか気を付けなければならない点があった。

どちらが右で、どちらが左なのか?
父が他人に説明しても、理解できないことがあった。

要するに、口に出して言う時に、右と左が逆転してしまうのだ。
よく父は、右を左と言い、左を右と言っていた。

子供の頃ついてしまったそのクセは、
大人になっても治らないようだった。

一緒にヨーロッパへ行った父の友人の家を訪ねる時、
父の悪いクセが出てしまった。

左に曲がらなければならない場所に差しかかった時、
父は、左の方を指差しながら

急に右って言った。

条件反射的に、ハンドルを左に切った。

次の瞬間、

何かが車体に当たったような大きな音がした、、、

今日も最後まで読んで頂き、ありがとうございます!

つづきは、コンクからの手紙③にて、、、



占いババの予言 VOL.35 コンクからの手紙①

ホテル サンカルロスからのつづきです!

フィリピンから帰ってから、
当時付き合い始めていたUに全ての出来事を話すと、
彼女は目を輝かせながら聞いてくれた。

ここには、書いていないけど、
他にもイッパイ素晴らしい出来事を経験したからね。

写真と一緒にスクラップブックにまとめて
1冊だけ作った手作りの本を渡すと、とても喜んでくれた。

ただ、占いババの予言については、
全てのことは語らずに、また彼女に渡した本にも書かずに、

あんたは運がいい、ちいさいけれど新しいビジネスが見つかり、
良い婚約者を得、この旅も最高のものになるだろう

って言われたことだけに止めておいたんだ。

だって、あんなことを言っても彼女が喜ぶはずないからね、、、

💍💍💍

それから、時計の針が進んで、

1998年になって、2人は結納を交わし、
その1年後、結婚式を挙げることになった。

誰の目にも着々と進んでいるように見えてたと思う。

でもその年の2月、
父が白血病と診断され、余命半年を宣告されたんだ。

思わぬ出来事に2人も家族も戸惑っていた。
助かる病気ではないというのが正直な感想だった。
父の前で平静を装うのは辛かった。

もう、その部屋から出れないと思っていたからね。

それでも、3ヶ月ほど経ってから無菌室を出てこれたのは、
息子の晴れ舞台を見たかったからなのかもしれない。

まだまだ安心することはできないんだけど、、、、、

Uは父のことを心配して何度も病院まで見舞いに来てくれた。
父はUに会うことを楽しんでいるようだった。

夏になって、寛解を迎えた父は一時退院を許されお盆の間帰宅した。

Uは結婚するまでの最後の夏休み、ひとりフランスに旅立っていった。

今日も最後まで読んで頂き、ありがとうございます!

つづきは、コンクからの手紙②にて、、、
占いババの予言 VOL.34 ホテル・サンカルロス⑦

ジャパユキたちのララバイからのつづきです!

ティナゴ、ウイリアムの住むエリアはそう呼ばれていた。
そこは、ドゥマゲッティ最貧の地ではないけれど、
低所得の人々が住んでいる俗に言うスラムだとSから教えられた。
海辺のいつ水に埋もれてもおかしくないその地から、
人々は、なかなか出てゆくことはできないのだという。
玄関には炭が敷かれているかまどがあって、
その上には、砂の敷かれたフライパンが置かれていた。
そこでピーナツを焼いているそうだ。
それをこの家で詰め、近所の人々と共同で売り歩く。
それがウイリアムの仕事だった。

さっき食べさせてもらった物はどうりでウマイはずだ。
味を褒めると、土産だと言って一袋手渡してくれた。

かまどの横には鶏小屋があって一晩中ライトを灯しているようだ。
ひよこが大きくなるのが早いからという理由らしい。
それは彼の副業で売り物だった。
一袋10ペソ(約45円)のピーナツだけでは儲からない。
要するにピーナツだけでは生活できないのだ。

彼は苦労しながら、男手ひとつで、二人の子供を育てていた。
しっかり育てあげることが、二人目の子供が産まれた後、
亡くなった奥さんとの約束だったようだ、、、、、、、、、

「ようこそ、ホテル・サンカルロスへ」って笑いながら言ってたけれど、
そんな名前のホテルを建てることが、彼らの夢だったと聞かされた時、

涙が止まらなかった、、、、、、

今日も最後まで読んで頂き、ありがとうございます!

つづきは、コンクからの手紙にて、、、

占いババの予言 其の三十三 ホテル サンカルロス⑥

ジャパユキたちのララバイからのつづきです。

天井の低い6畳一間の家、そこに家財道具全てが置かれていた。
壁には、小さな女の子用の制服が掛けられていた。
日本の小学生が学校に上がる前にランドセルを背負っているように、
どうやら、彼の娘さんもそれを身につけて楽しんでいるのだろう。

2階建てだけど、2階の住人は別の家族らしい。
ひとつしかないソファ-に座るように言われ、
凹んだ皿に盛られたピ-ナッツとバナナを出してくれた。
彼にできる最高のものでもてなしてくれているのだ。

近所に住んでいる人々が家に入ってきた。
総勢16名、その大半が子供とはいえ、よくこの家に入れたと思う。
それが当たり前のようだった。
ウイリアムも嫌な顔ひとつせず、隣人達を招き入れる。

人々は、笑っていた。「共存」っていう言葉を思い出した。
この共同生活下では、隣との垣根などあってないようなものだった。
人々は互いが互いを支え合い、貧しさを分かち合い、あるがままに生きていた。

そんな人々の姿を日々目にしていると、
何が幸せで、何が不幸せなのか、だんだん解らなくなってきた。

マニラ湾にいた夕食をこしらえていたホームレスたちも、
バコロドの食堂の前で中にあるたったひとつのテレビを観ていた人々も、
キアポ教会で占いババに占ってもらっていた時に周りで聞いていた人々も、
バコロドの市でヒンコさんのお店に集まってきていた人々も、

どこへ行っても誰もがしていたのは、

みんなで小さな幸せを分けあうという行為だった。

ホテル・サンカルロス、そこは、ホテルと言うには程遠いけれど、
ウィリアムだけではなく、そこにいる人々の気持ちが嬉しい場所だった。

今日も最後まで読んで頂き、ありがとうございます!

つづきは、ホテル サンカルロス⑦にて、、、


占いババの予言 VOL.32 ホテル サンカルロス⑤

ジャパユキたちのララバイからのつづきです!

彼の名はウイリアム、年は24歳だった。

家の前で彼は笑いながら、
「ようこそ、ホテル・サンカルロスへ」って言う。
「ホテル・サンカルロス、、、、、?」笑っちゃうよね。
そんな風にニコニコしながら言われると、嬉しくなっちゃうよ。
どうやら彼は、サンカルロスの出身らしい。

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そういえば、
サンカルロスで泊まっていたホテルのオーナーには、
単純な理由なんだけど、とてもよくしてもらった。

ココ・グロ-ブ・ホテル、
そこは、華僑の女性オーナーが経営する小さなホテルだった。
チェックインした時もオ-ナ-が直々に受付をしてくれた。

パスポートを見せた時、彼女に驚くような顔をされたのは、

第二次世界大戦中、日本語で教育されていた時に
彼女が教えてもらっていた先生の名前がタカハラで、
その先生には、とても良くしてもらっていたそうだ。

同じ名前の日本人がやってきたから嬉しく感じたらしい。
子供だった頃の思い出が一瞬にして蘇ってきたらしい。
おかげでサンカルロスでは、いい思い出で満たされていた

日本が本当は、どんなことをしたのか知ってた方がイイと思う。
アジアに行ったら、とてもよくしてもらえる理由はなんなんだろう?


今日も最後まで読んで頂き、ありがとうございます!

ホテル サンカルロス ⑥へつづきます!