彼女の車椅子を押して
ボクは病棟のデッキへ出た。
季節は次々と入れ替わってゆくのに
ボクらは止まったままだ。
ふと、白い大きな花びらが
彼女の膝に舞い落ちた。
『木蓮ね』
太陽に透かしてみたり、手のひらでポンポンとしてみたり
なんだか楽しそうだ。
酸素吸入器をつけた彼女の笑顔が切ない。
ボクはドクターからは説明を聞くことができない
親族ではないからだ。
しかも彼女は実家と疎遠になっている
誰も見舞いには来ない。
孤独だ。
ステージ4の肺がんが全身に転移していることまでは
本人から聞いた。
手術が不可能であることも。
今は緩和ケアを受けている。
1日でも長く生きていてほしいけど
叶わぬ願いなのだろうか。
病室へ戻ってベッドに横たわると
『ありがとね』と不意打ち。
目を閉じて仰向けになった彼女の目から
一筋の涙が
光った。