ずいぶん前の冬のある夜。
ボクは錦の喧騒を離れた、通り一本渡ったところにある、
とあるダイニングバーを目指していた。
角を回ると店はすぐそこ。
しかし、一旦通り過ぎた。
だが、立ち止まり、しばし黙考。
くるりと振り向いたその時だった。
1人の客が、地下のその店から上がって出てきた。
店への入り口の対面にロングのダウンコートを着た
若い女の子が立っていた。
ボクは、全く気づかずに通り過ぎていたわけだ。
その客らしき男性、女の子に一言二言かけると、
ボクとは反対の方向へ行ってしまった。
途中、自販機で何やら買っている。
ああ、酔い覚ましか・・・
そう思った途端、その男性が戻ってきたのだ。
そして・・・・
おそらく寒風吹さす寒い夜。
いくら呼び込みのためとはいえ、大変な役回りだ。
仕切りに手をさすっている様子からも伺えた。
なんとその男性、缶コーヒーをその娘に手渡したのだ。
思わず体を揺らして喜ぶ女の子。
男性は振り向きざまに軽く手をあげ、
夜の街に消えていった。
ボクは、その娘に近寄った。
『下の店の娘?』
そうです。今暇で、客入れに行ってこいって出されました。寒ーい!
『それって?』
そう、いきなり、帰り際のお客さんが、“甘いの?ブラック?“て聞いてきたから
“甘いの“って言ったら、ホットコーヒーくれたんですよー
お兄さん、飲んでいきません?
もちろんそのつもりでわざわざうるさい錦を離れてここまできたのだ。
『行こうか。』
女の子もお客を連れて店に戻れるので大喜び。
手にはまだ熱いくらいの缶コーヒーがしっかり握られていた。
優しい、素敵な男性だったなと
ふと、思い出した次第です。
完