名駅東のとあるビルに行きつけの店があった。
その日はお気に入りのキャストの誕生日。
仕事が終わるや否や、近くの花屋で予約していたアレンジフラワーを受け取り、更に他にもたくさんのプレゼントを携え、恥を捨てて電車で店に向かった。
店長はもはや旧友レベル。
満席にも関わらず、ちゃんとボクの席は空けてあった。
持ち込んだプレゼントを置き換える間もなくお気に入りのキャストさんが登場。
ボクを見るなり小さく悲鳴を上げて大喜び。
もはや説明などいらなかった。
それからは1人カラオケ状態。
彼女のリクエストを次々と歌い続けた。
ワンセット6000円。指名2000円。いつものレディースドリンク1000円では可哀想だから、一番安いスパークリングワイン7000円。それを何とか頑張って2セット。途中で1000円のフードも。
ここまでで締めて31000円。プレゼント代を入れたら一晩で4万の出費。
とうとう2セットで力尽き、お会計を頼んだ正にその時。
店の一番奥の席から1人の客がボクの席に飛んできて、会計に向かおうとするボーイの腕を捕まえてしかも、その場でいきなり土下座してこう言った。
『◯◯(その人の指名嬢)から聞いてる。あんた、この店の客で歌が1番上手いって噂だって。
もう帰るのか?持ち金無いなら俺が払うから俺の席に来て飲み直さないか?』
ボクは、誕生日を迎えた女の子と思わず顔を合わせて、それから大爆笑した。
一部始終を見ていた店長はニンマリ。
ボクは店長にこの話の真偽を確かめ、かなりの金回りの良い客である事を確かめ、更に今夜の飲み代もチャラにしてくれる事を約束して、1番奥の席に移動した。
全てを眺めていた◯◯(奢りの客の指名嬢)はボクも指名した事もある、事実上、店のナンバーワンだった。しかも、その客は、昼キャバオープンの昼12時から既に9時間、ずっと指名延長を繰り返していたのだ。
◯◯は目配せを送って来て、暗に助けてくれとばかりに頼って来た。それを察したボクは、自分の指名嬢より、◯◯の気苦労を何とかしてやりたい気持ちで一杯になった。
件の客は、ボクの指名嬢と、もう1人誰か指名で呼べとそそのかす。
ボクは自分の指名嬢に仲の良い女の子の名前を聞き出し、店長を呼んで事情を説明、するとすぐに別の席に着いていた女の子を引き抜きボクらの席へ。
総勢男子2名、キャスト3名の豪華な席となった。
そして場が揃うと、件の客が、ボクにはとにかく歌えと。飲むのは7000円のスパークリングワインで賄えと。フードは好きなだけ頼め。俺はとにかく店1番の噂のアンタの歌が聞きたい。だから金は払うからラストまで楽しませてくれ。
とんでもない展開になって来た。
◯◯は、件の客がこっちを向いてる後ろから両手で拝むようにボクに合図を送って来た。
昼1から実に約9時間。1セット50分でも既に11セット。流石のナンバーワンも、そこまで密着されたら正直悲鳴を上げたくもなるだろう。しかもまだ、ラストまでとか言っている。
ボクの指名嬢と後から来た女の子もボクとは馴染みの仲。3人でコソコソ相談して、店のスパークリングワイン、在庫全部空にしてやろうと、次々と飲み始めた。もちろんフードもバンバンに注文した。
どうせ売り上げのポイントは全部◯◯に付くのだからもうやけ飲みやけ食い状態。
フリー客につかされ、全く飲み食いしてなかったキャバ嬢の開き直りは凄まじいものがあった。
だって昼キャバからの続き。多少の休憩はあるものの、やはりお腹は空く。
しまいには、いつ注文したのか寿司桶まで現れてもうやりたい放題だ。
一方のボクはスパークリングワインをチョビチョビ飲みながらひたすらレパートリーを探し、歌い続ける。時々間奏の合間に寿司をほうばりながら
。
と、ここで問題発生。
我が家にはまだ、ミルクをやらなければならない子リスがいた。
朝帰りはためらわれる。
途端に場の空気が変わる。
◯◯は携帯で終電を確認。
しかし、時すでに遅し。
ならばどこか素泊まり出来るホテルはと検索は続く。しかし、件の客はあまり乗り気では無さそうだ。半日飲んでまだ、足りないのか?
とうとう店は閉店時間に。◯◯は約13時間の密着からの解放。思わず両手を目一杯上に伸ばして体を反らせる。
しかし、なお、件の客はこの5人でアフターに行こうと言い出した。
これには◯◯も流石にキレて、おとなしく帰りなさい!と一喝。ボク側の2人は示し合わせたかのようにすっと席を外してしまった。
彼はボクに、『歌、ありがとうな。もう一軒行こう』と離さない。真後ろで再び◯◯が両手を合わせて謝りのメッセージ。
ボクは仕方なくもう一軒お付き合いする事に。
名駅東から西口へ。
歩けない距離ではないが、さすがに身体に入ったアルコールの量が半端ない。
彼は店を出るとすぐにタクシーを拾い、大顰蹙の超短距離移動を開始した。
降りた場所のビルを上がる。
連れて行かれたのは。。。。
若い女の子達が、ビキニ姿で接客する居酒屋だった。これには正直参ってしまった。
そしてある疑惑が。
『この人ひょっとしてゲイ?』
何故ならさっきからしきりにシングル2部屋ではなく、ツイン、もしくはダブルの空き部屋ばかり電話で問い合わせている。
ボクは次々と運ばれてくる料理に全く手が付けられなかった。
それを察したのか彼は注文を辞め、全て食べ切ってから店を出た。
それからもう一度、ボクは彼に、明日仕事だから今日はどうしても帰りたいと懇願した。
しばらく揉めたが何とか承諾してくれ、タクシーを一台捕まえた。
そこで交渉。
『10000円で常滑。行ける?』
運転手はしばらく考えて、
『いいよ。乗って』と了解。
件の彼が財布から10000円を取り出して一言。
『今夜はありがとう。伝説の夜だったぜ』
そう言い残すと、見送る事もなくまた、出てきたビルに入って行った。
それからタクシー。
飛ばす飛ばす。
きっかりアパートの前で一言。
『案外10000円でも来れたね』
こうしてお気に入りのキャストさんの
誕生日、のはずが、とんでもないハプニングに見舞われて幕を閉じたのだった。
後日、昼間店に顔を出したボクに、ボクの指名嬢プラス暇してる仲良しの女の子。そしてあの◯◯を付けて下さり(もちろんサービスで2人分の指名料、セット料は無し)3人であの夜の話で大盛り上がり。その勢いで店長に店から近い地下街の
『DEAN&DELUCA』まで行ってつまみの惣菜を買いに行きたいと相談。すると、なんとOK‼️
早速、綺麗どころ3人を従えて地下街を歩いて行った。昼キャバのセット中なのにだ。異例の外出許可。
その時だった。
ふと、他の2人の目をはばかりながら、例のナンバーワン、◯◯がそっと腕に寄り添い、耳元で一言、『色々ありがとう』と囁いて来た。
それからまたいつものように元気に振る舞い、惣菜、好き放題買われてしまった。
(バカヤロウ。少しは人の財布、心配しろや)
こうしてまたわちゃわちゃと店に戻り、スパークリングワインを2、3本空けながら4人で貸し切り状態の店でやりたい放題やらかして帰ってきました。
ずっと他のキャストを指名で通っていたボクを◯◯はずっと見ており、ボクをお見通しだったようだった。もちろんボクの良きも悪きも全部。
一度だけ、自分の指名嬢が休みの日にタイマンで指名して、でも連絡先は聞かず、業界のルールを守ったのをいたく評価してくれたようでした。
素敵な店でしたがある都合で解散。
店のほぼ全員と仲良しだっただけに寂しいお別れとなりました。
以来、旧メンバーの行方も知る事もなく、大切な思い出だけがそっと残りました。
もう二度とあそこまでの信頼関係を築ける店はないだろう。
そう、思います。
まあ、落とすものもそれなりに落として来たからね。
あの店と共にボクの飲み歩きも
終わりました。
最後まで読んで頂きありがとうございました。
かなりの長文でした。
お疲れ様でした。
そしてありがとうございました。