みなさんオハヨーございますニコ


最近は「注意喚起」な内容ばかりなので、

たまには気持ちの晴れる記事をばドーゾ。






むすび大学チャンネルさんでの 

武田邦彦先生の金言。




とてもステキな内容ですよ。





 (27:01)


全ての人、特に

思考の凝り固まってしまったご老人などにも聴いてほしい内容です。



これがスーッと腑に落ちて理解できる人と、反発する人間。

2つに別れるだろうね。




それは、つきつめると


利他の精神なのか、それとも個人主義か。

どちらがいいとか悪いとかではなく、

その人がいま「何を経験したいか」と云う事。





二極化の始まり、分離する人生観とその社会。

人類の進化はコレに懸かっている。



 

そう言えば、こんな話を聞いたことがある。


自分と他人を分けるものとは~~~<<意識>>

それはわたしたちの「皮膚」

この皮膚が仮に剥がされて全く無くなると、感覚器官としての能力が失われることによって「外界と自分との境界線が曖昧になってしまい、結果として外の世界との一体感が生まれる」のだと。

これまでの経験からアタマでは他人との違いを理解していても、感覚的にはこの違いが曖昧になるために混乱するらしい。


 
人は死ぬと、それでも自らに残る「意識」に驚きながらも、五感の「感覚」が次第に薄れ行き、やがては「神との一体感」に還るのかも知れない。



わたしたちの「細胞」はそれぞれ独立した生命体、それらを「統合」する器官が「脳」の機能であり、そこに生まれるとされる「意識」
言い換えればこの「意識」とは脳細胞の作り出した幻想だとも云えるが、誰もそれを証明できた者はいない。

この「意識」こそが「魂」の存在を証明するものであり、我々は亡くなることによって「永遠の存在」に還れるのかも知れない。
そう、我々がこの世界に生を得る前の「存在」に。





日々、消滅と再生を繰り返すわたしたちの細胞。
どこかしらの細胞が死に行き、新しい細胞が誕生する毎日を考え想像(創造)すると、一時として同じ「わたし」は存在しない事になる。便宜上、脳の機能によって今までの「経験」は蓄積されているので、あたかも同じ「自分」が其処に存在している様に勘違いしているが、細胞レベル宇宙レベルで物事の真理を捉えたならば一日として「同じ自分」など存在しないのかも知れない。




今、新しい朝を迎えてみて、

其れこそは奇跡であり、「新しい自分」による「新しい人生」の始まりなのだ!

毎日訪れているこの「奇跡」に感謝して、「自分」だと勘違いしている脳機能を少し諫めながらも、「わたし」を形作ってくれている細胞たちはもちろん、細菌やウイルスたちとも手を取り合って、この「奇跡」の人生を紡いで生きたいと、そう感じた。


大いなる和に抱かれて~







新しい朝を迎えて


新しい朝日を浴びて


顔を洗ったなら


鏡を観て


新しい自分に感謝して


新しい自分を敬って


新しい何がしたいのか考え


新しいワクワクを始めよう!






これまで出会ってくれたみなさん、ありがとう。

そして新しいみなさん、初めまして、よろしくお願いします。キラキラドキドキ







新しい、くずりゅう虹