一年に一度、如意ヶ嶽がうっすらと白く大の字に光る日があります。8月17日0時。赤く燃えた前日の送り火の香りがまだ残る山中。先祖の霊を記した護摩木の消し炭には無病息災、厄除けのご利益があると言われ、それを拾うため多くの人が行き交います。今年は私もその中の一人として、如意ヶ嶽に入りました。送らねばならぬものがありました。
鴨沂高校です。いや、旧制鴨沂高校と申しましょうか。もはや名前だけが残った鴨沂高校。
校舎全面改築と名門校の復活、オリンピック選手の輩出を求めた同窓会全期が「新生鴨沂」と語るように。
学校紹介パンフレットで「不易なる鴨沂の伝統復活」として進路実績を誇るように。
在校生8割、市民約6600筆の署名が集まったことで、PTAから「これまでSNSを通じて、事実と異なる情報が拡散するなど、生徒の不安を増幅する動きもみられたところです。鴨沂高校PTAとしましては公的な社会教育関係団体であり、公正中立な立場から各班にはこうした騒動に生徒を巻き込むことのないよう、学校からの確かな情報に基づく冷静な対応」が呼びかけられ。
食堂存続を求めた在校生に「君らは高校生なんだからもっとやるべきことがあるだろう」「あなたが適当に吠えたって何の解決にもならない」と生徒指導部長が言うような学校へと堕ちていきました。
諸行無常という言葉があるように、山もあれば谷もあるのが歴史です。しかし、それを見る者によって、山か谷かは異なるもの。世の中の価値観すら、不変のものはありません。しかし、その変化をもたらす力が、内からのものなのか、外や上からのものなのかによっては、その歴史に大きな亀裂が生まれます。この5年間に鴨沂高校でおこなわれた改革も、鴨沂高校の歴史に断絶を生み出しています。歴史の経過や蓄積というものとは明らかに異なる過程でした。戦後に鴨沂高校で生み出された多くの行事や慣習は姿を消しました。新生鴨沂の名のもとに消されたという方が事実を反映しているでしょう。
公式に「不易なる鴨沂の伝統復活」「名門校の復活」と語られますが、具体的なことは何も説明されていません。伝統とは一体何なのでしょうか。名門校とはいつの時代の何を指すのでしょうか。何をもって復活というのでしょうか。そもそも、不易な伝統などあるのでしょうか。府立第一高等女学校と戦後の鴨沂高校には、歴史的に大きな断絶があります。その時点でもう不易などとは言えないはず。名門校や伝統と言う際に、一括りに語るのは乱暴なのではないのでしょうか。
エリック・ホブズボ-ムというイギリスの歴史学者が、『創られた伝統』という本の中で、短期間に生まれ、急速に確立される「伝統」があるとしています。その「創りだされた伝統」の説明が下記になります。
「創りだされた伝統」の特殊性とは、歴史的な過去との連続性がおおかた架空のものだということでもある。つまり、そうした伝統とは、新しい状況に直面した際古い状況に言及する形をとるか、あるいは半ば義務的な反復によって過去を築き上げるか、といった対応のことなのである。
言いえて妙といいましょうか。鴨沂高校には学校として非常に長い歴史があります。伝統と言われた時に、その中身があやふやでも、善意の解釈がいかようにもできてしまいます。しかし、国語は大事にしたいもの。薄っぺらいリップサービスに踊ったとて、何が得られましょうか。名門校と言うのなら、言葉の中身を問う能力こそが進学してからものをいいます。
選ばれるものの質は、選んだ者を写す鏡でもあります。それを実感した5年間でした。都合のいい歴史だけを選別し、戦後に積み重ねられてきた歴史の断絶を良しとする新しい鴨沂高校。
平成29年の秋。食堂の署名が動き始める時期に「食堂がコンビニにされようとしているのはデマだ」というデマが流れました。ツイッターでは、「先生に聞いたらデマだと言っていた」という連絡も複数ありました。インスタグラムでは、「鴨沂高校の図書館が書いてることは全部デマだから信じるな」という画像まで出回る始末。後者は、その背後に大人の影が見え隠れするのも印象的でした。
事実としては、平成28年4月19日の新校舎工事議事録『第38回定例会議 工事打合せ記録』で「将来コンビニ形態に係る設備対応について」という文言が出ているにも関わらず、こうしたデマが出回りました。
アメリカの心理学者GWオルポートは、『デマの心理学』の「デマをやり取りする動機」という項目で「人間の諸要求はデマの原動力である」と書いています。該当部分を引用してみましょう。
デマは、その話題が、それを聞いたり、またそれを傳えたりする人にとって重要さを持たないような場合には、決して流されることがない。というとき、そこではデマの動機となっている要素が注目されているのである。人間の諸要求はデマの原動力である。多くのゴシップやスキャンダルは性的興味によって説明され、われわれのよく聞く気味のわるい怪談は不安がそのかげの力であり、願望デマの底には希望や欲望があり、悪口や中傷は嫌悪によって起こされるのである。
これは、1946年にアメリカで書かれたものです。ここ5年間、鴨沂高校で起こった様々な問題に絡み、心当たりのある方も多いことでしょう。府立高校初のコンビニ導入という願望と、コンビニになってほしくないという希望がうまく混ざり合い、デマが拡散されました。少し調べれば事実はすぐにわかったものを。伝統の復活などではなく、ただ進歩していないだけではないかと言わざるを得ない状況が、新生鴨沂にはありました。特に、PTAが呼びかけた「学校からの確かな情報」がデマだったという結果は、まさしく新生鴨沂を象徴する出来事でしょう。
私の母校である鴨沂高校は亡くなりました。新しく生まれ変わったと宣伝されるように、大きな断絶を経て、御所の東にある新しく作られた校舎で新学期が始まるそうです。