5月31日にU・W・Fスネークピットジャパンでのダニーホッジさんのトークショーに参加しました。非常に貴重な話が聞けましたので、抜粋にはなりますが記録としてブログに残しておきたいと思います。
まず、ダニーホッジさんについてのご説明ですが、レスリングで名を馳せた名選手であり、メルボルン五輪ではレスリングで銀メダルを獲得しています。アマチュアレスリング、プロレスリング、アマチュアボクシング、プロボクシングの4競技を経験している選手です。また日本ではヒロ・マツダ、馬場、猪木らとしのぎを削っており、日本のファンにもなじみの深い選手です。
-トークショー-
(若き頃、アマレスの話)
ホッジさん「私は農場出身で、小さいころは毎日牛の乳を搾ったり、綿を摘んだりしていた。腕の力の根源は農場の仕事にあった。レスリングを始めたきっかけは、月曜日の午後レスリングの試合を観戦していたら、コーチからレスリングをやりたいかとの誘いがあったから。その後一番初めに出た大会で4位になり、本格的にレスリングを始めた。そして翌年は州の選手権で優勝した。高校卒業後海軍に入隊し、海軍でレスリングをやっていた。そして19歳のときにヘルシンキ五輪に出場したが3回戦で敗退した。しかし4年後のメルボルン五輪では銀メダルを獲得した。」
(ボクシングの話)
ホッジさん「ある人に、レスラーたちはファイトができないやつだと言われたことがきっかけでボクシングを始めた。レスリングでブロックを持ったまま走るというトレーニングをしていたので、ボクシンググローブは重さを感じず、すんなり入っていけた。3つ目のボタンの位置(いわゆるみぞおち)を殴れば勝てる思ってやっていた。そしてMSGチャンピオンになった。そしてプロボクサーに転向したがギャラにならなかったし、10:1くらいでボクシングよりもレスリングが好きだったのでボクシングは捨てた。」
(プロレスの話)
ホッジさん「デビュー戦は、相手が何をしてくるのか分からず怖かったのだけは覚えている。プロスタイルはエド・ストラングラー・ルイスに教えてもらった。最初に教えてもらったのはヘッドロック。ルイスからは人の頭の形に模した木製の頭をもらい、それを巡業に持って行ってヘッドロックの練習をしていた。キャリアの中で印象深い試合はルーテーズからTWWA世界ヘビー級王座を奪取した試合。一番強かった日本人はヒロ・マツダだった。」
(補足:ヒロ・マツダとは60分3本勝負が何度も引き分けに終わったため、90分3本勝負を何度もやっていたそうです。しかもそれでもそのほとんどが引き分けに終わっていたとのこと。ホッジさんは「当時の自分ならもう90分くらいはレスリングができた」とおっしゃっておりました。)
Part2へ続く・・・