ボブ。
じゃなくて。
私の大好きな犬。 ボブ。
雑種と雑種の子だから、何が混ざってるか分からない雑種。
ボブとの出会いは、私が小学校3年生のとき。
ある日突然、「ねぇ、知り合いの家で子犬が産まれたらしいんだけど、犬欲しい?」
と 母が尋ねてきた。
当然、私と姉は 「欲しい!!」と言った。
「じゃぁ、ちゃんと世話する?散歩もちゃんとする?」と母。
私と姉、「うん!!やる やる!!!」
そうして、子犬を見に行くことになった。
母と2人で見に行った。
そこには、3匹の子犬がいた。
その中でも、黒と白の牛柄の犬が1番寄ってきた。
子供の私にとってはそれが かわいくてしかたなくて、抱いて離さなかった。
母はその時、「あんまりかわいくない顔だから、今回はやめておこう」
と思ったらしいが、抱いて離さない私に やめておこう とは言えなかったらしい。
そして、その日から黒と白の牛柄の犬は、我が家のペットとなった。
名前は 家族会議の結果 「ボブ」 と名づけられた。
ボブが家に来た最初の夜、ダンボールに入れられ、私の部屋で寝た。
夜中になると、さみしいのか キュンキュン鳴きはじめた。
ひざの上に抱いてやると、鳴き止んで寝る。
ボブをダンボールに戻して、私も寝る。
しばらくすると、また鳴き始める。またひざの上にのせる。
その繰り返しだった。
散歩は毎日。朝の散歩と夕方の散歩、姉と手分けして。
私が夕方の散歩のときは、友達と遊んでて出かけてても
「ボブの散歩しんといかんもんで、1回家帰るわー」
って1度帰宅して、さんぽしてまた出かける。っていうくらいほぼ毎日。
ボブは、頭がいいのか悪いのか わからない。
すぐ小屋におしっこをしてしまう。そうすると、怒られる。だから、ボブはちびった場所に食器を置いて隠す。
ボブは几帳面。冬、寒いから毛布をあげると 前足できれいに整えてから、その上に寝る。
ボブは 散歩が大好き。リードを見せるとおおはしゃぎ。
「さんぽ」という言葉を聞くとおおはしゃぎ。
ボブは力強い。さんぽのとき すごくひっぱる。
小さい頃に付いて歩くように躾けようとしたが、無理だった。
だから、私はよくスケボーに乗ってボブに引っ張ってもらった。
ボブはパンが好き。「ボブにパンあげよっかな。」っていうと大喜び。
肉とパンを一緒にあげても、パンを先に食べる。
時々 一気に食べ過ぎて 喉につまらせる。
ボブは、レタスとトマトとバナナが嫌い。
トマトとバナナは口に入れてもすぐに出す。
レタスは、ドッグフードと混ぜてあげても、レタスだけがキレイに残ってる。
ボブは喜ぶ時、耳を伏せて、しっぽをグルグル回して喜ぶ。
名前を呼ばれるだけで うれしい。
そんなボブがだいぶ年を取ってきた。12~13才くらいで ぐっと衰えた気がする。
耳もだいぶ遠くなったようで、近くで呼ばないと反応しなくなった。
目も見えにくくなったのか、やたらついてくるようになった。
散歩でもひっぱらなくなった。
14才になってボブは大好きな散歩にもあまり行けなくなった。
行きたい気持ちはあるのに体力がもたないようだ。
公園まで抱いて行き少し歩かせてあげる。でもすぐ座ってしまう。
がまんもできなくなってしまったので、オムツをすることにした。
どんどん衰えていくボブを見るのは辛い。
2005年1月17日。
ボブは死んだ。
ちょうど1年前の今日。私は仕事が休みだったので昼過ぎまで寝る予定だった。
なのに、朝6時くらいに母が起こしてくる。
「こんなに朝早く何ー??」
「ボブが死んでる!!」と母が言った。
私は信じれなくて、慌ててボブを見に行った。
そこには、冷たく固くなった寝たままの形をしたボブがいた。
それでも、信じられなかった。
私は泣きながら 首輪をはずした。
ダンボールに毛布を敷いて ボブを入れた。
ドッグフードとパンも入れた。
散歩が大好きだったから、リードも入れてあげようと思い庭にリードをとりに行った。
そしたら、いつものように、後ろからボブがついてくるように感じた。
振り返ったけど、ボブはいなかった。
本当に涙が止まらなかった。
ボブの周りに花を置いて、最後のお別れをした。
母と姉と3人でボブの遺体を火葬場まで持っていった。
家に帰ってもボブはいない。
いるのが当たり前だったのに。。。
2、3週間は、思い出しては泣いた。
しばらくすると、ボブがいないことにも慣れてきた。
でも、夕方の散歩の時間になると
「あ、散歩行かなくちゃ。」と思うクセはなかなかとれなかった。
あれから、もう1年が経ったんだなぁ・・・
今でも思い出すと泣けてくるけど、
たくさんの思い出をくれたボブに感謝。
私はボブに出会えて本当に良かった。
ボブは家のわんこで幸せだった?