第9話「それは、それは、悲しい理由」



10:00~3:00 ”スパ”

     ↓

3:00~8:00 ”ネットカフェ”

     ↓

8:00~21:00 ”その辺をフラフラ、何をしていいか一番困る時間”

     ↓

21:00~7:00 ”ネットカフェ”

     ↓

7:00~10:00 ”ファーストフード”

     ↓

10:00~3:00 ”スパ”

     ・

     ・ 

     ・

いつのまにか、こんなローテションが出来上がる。。。


とにかく、夜はまだまだ寒いので、どこかしらへ潜りこみ、

なるべく安上がりになる感じに意図せずになっていた。

(当然、お金はガンガン減っていくが)


しかしながら、とんでもなくぬるい生活を選ぶもんだな、と

改めて自分のダメさ加減を実感するわけで・・・



3月23日 ”スパ”で、一応”目的”である”WBC”を見る。


アメリカ」戦


日本時間9時開始だったらしく、着いた時にはすでに始まっていた。


なんだか楽勝ムードだったので、つい寝てしまう・・・



夕方のニュースを見ると、「9-4」で日本が勝ったらしい。

とりあえず、良し。


それにしても、”スパ”は居心地がいい、すこぶる快適だ。

何時間でも寝れてしまう。。。


午前3時


こんな時間に外に追い出されるのだが、まぁ仕方がないことだ・・・

時間も悪いと思うが、相変わらずの寒さだ。すぐに耳が痛くなる。


(もうそろそろ4月だというのに”春”は一体どこへ・・・?)


少し駆け足で、いつものネットカフェへと凍える体をすべりこませた。



3月24日 待ちに待った(?)”WBC”決勝戦


日本韓国」   今大会5度目の対戦らしい (すごいルールだな、しかし・・・)



だいぶ、その感触になれたリクライニングチェアーにもたれながら、

テレビとパソコンの電源を入れる。


パソコンは以前と同じく、”2ちゃんねる WBC実況”の画面を開く。


パソコンの画面は、決勝戦ということもあり、

前回より一層の盛り上がりを見せている。

相手が韓国だということも、その盛り上がりに一役買っているわけだが。



10:30 試合が始まった。


基本、パソコンの画面にばかり目がいっていたが、

それにしても、いい試合だ。たぶん、きっと。


それほど野球に詳しくない私でもなんとなくわかった。


日本が先制したのだが、韓国も負けじと追いすがる。

そう簡単に差は開かない。


常に”1点差”なのだ。ホームラン1本で同点、逆点もあり得るのだ。

(ホームランなどと、軽く言ってしまうところが、おそらく素人なのだろう・・・)



ピッチャーが良いのか、バッターがヘボなのか、

とにかく、両チームなかなか点が入らない。


そうこうしている内に、9回ウラ 韓国が3-3の同点に追いつき

試合は”延長戦”へと、突入してしまったのであった。


(何だかすごい試合になってきたな、、、

 なぜか私まで緊張してくる・・・)



この時ぐらいからだろうか・・・

周りから、溜息や「よしっ!」という喜びの声、

拍手なんかが聞こえてくるようになっていた。

(ネットカフェは基本、大きな声や物音を立ててはいけない)


”それ”は、一人二人からではなく、いろんな角度から聞こえてくる。

それぞれが板一枚で隔てられていて、中の様子などもちろん分からないが、

店内にいる人のかなりの数の人が”WBC”を観ているということは明らかだった。


10回表 日本の攻撃


”イチロー”のヒットで2点入り、5-3


もちろん、店内はワッと沸く。

店員も空気を読んでいるのか、全く注意する気配はない。。。


2ちゃんねるの方は、そのヒットで書き込みが殺到したらしく、

サーバーが落ちた模様・・・



10回ウラ 韓国の攻撃


”ダルビッシュ”が0点で押さえ、5-3で日本の勝利!!


店内では、しばらく拍手がやまなかった。。。


(日本中の”ネットカフェ”で、同じような状況になっているのかなぁ・・?)


そう考えると何だか笑えてきた。


2ちゃんねんるの方はサーバーが復活したらしく、

大いに盛り上がっていた。



日本、WBC優勝おめでとう!!!!!



”WBC”の決勝を観る、という”目的”は無事終わったわけで、

さぁ、次は・・・どうするの?


それはもうすでに決めてあった。


どうせこのまま何もせず、”ローテーション”を繰り返して終わるよりも、

今まで自分が行ったことのない店、行けなかった店に行ってみよう。

と、思っていた。


具体的に挙げると・・・


”風俗” ”メイド喫茶” 飯処では”崎陽軒” ”ペッパーランチ” などなど



次なる、私の”目的”は”風俗”行くことなのである。

言い換えれば、今私の”生きる理由”は「風俗に行くこと」という、

それは、それは、悲しすぎる理由である・・・・・・・・

以前、私は”今ある自分自身は、すべて自分の責任だ”と、書いたが、

これは、ある程度年を重ね、何度も様々な選択ができた(してきた)

人に対して言える言葉であり、


正直、実際には”すべて自分だけの責任”と言い切るのは、酷であり、

”自分自身のチカラ”だけでは、どうしようもないこともある。




人の人生は生まれた瞬間に、ほぼ決まっている


こんなことを言うのは、少しばかり悲しいが、

これは、揺るがない”事実”である。


もちろん、人(大人)は、こんなことを大声で言ったりしない、言うわけがない

まだ何も知らない子供に対し「君の人生、こんなもんだから」と、

言っても、何の得にもならないし、悲観的に育ってしまう場合もある。


生まれた瞬間に、容姿(身長、骨格)、生活環境(家庭環境)、など

生きる上での重要なファクターが決まっている。

もうその時点で、すでに人生の決着はついているといっても過言ではないと思う・・・


良い容姿、良い家に生まれれば、幸せな人生を送れる可能性が高く、

悪い容姿、悪い家に生まれれば、幸せな人生を送れる可能性が低くなる、

というわけだ。


(ここでいう”幸せな人生”とは、客観的に世間一般的に幸せだと思える人生である。

 その人自身がどう思うかは、価値観などにより異なるのでまた別の話になる)


それは、とても劣悪な環境から育ちながらも、

とても優秀だと世間から賞賛される人物、偉人になる場合だってあるだろう。

しかし、それは本当に一握りの人間の話であって、

皆が皆、そうなれるわけではない。


当然、逆のパターンもあるが。。。



「蛙の子は、蛙」


昔の人はうまいことを言ったもんだ。


医者や政治家は、他の職業に対して、2世3世が圧倒的に多いという。

その理由は、それらになるには、コネがあった方が断然有利だから、である。



スポーツ選手になりたい、と思っても、

それには、競技によっても異なるが、ある程度の身長や体格が

必要となる場合が多い。

どんなに努力をしても、人間の体の成長には限界がある。

こればかりは、自分自身ではどうにもならないどうすることもできない


また、昨今、活躍するスポーツ選手には、

まだ物心もつかない幼い頃(3,4歳)から、その競技に触れていた、

(自分の意思ではなく、親にやらされていた)

英才教育などを受けていた、という選手も多く見られる。


”明確な”自分の意志を持つようになるのは中学生(12歳)ぐらいか、

そこから同じ競技を始めたとしても、3、4歳から始めた人に

追いつくのは、なかなか厳しいだろう。

そこには、自分ではどうにもならない

”家庭環境”が、大きく影響しているわけだ。



歌手、アイドル、モデル等、になるのも同じことで、

当然、容姿がモノも言う。(というか、容姿以外いらない)


整形という手段もあるが、それにも限度というものがあるし、

リスクを伴い、決して安くはない費用(何百、何千万円)も掛かる。

何も手を加える必要のない人と比べると、それは相当な”ハンデ”である。


”声”、”声色”に関しては、基本的にどうしようもない。

声帯手術というのもあるらしいが、かなり危険らしく、

一般的には知られていない。(骨格もある程度重要)


”絶対音感”なるものも、柔軟な幼少期にしか身につけることができず、

大人になってから習得しようと思っても、もはや手遅れなのである。

(歌手になる為に、必須ではないらしいが、あったほうが有利なのは間違いないだろう)




かなり極端な例を少しばかり挙げてみたが、世間一般で言われる

誰もが一度は憧れる職業には、生まれた時から、ほぼ、

なれるか、なれないか、決まってしまっているのである。




「あの子は”才能”がある」と、テレビなどで耳にするが、

果たして”才能”とは、一体何なのだろう・・・?

私は、時々ふと考える。


かの有名なボクシングの”亀田親子”


長男、次男、三男、皆、ボクシングをしていおり、

長男に至っては”世界チャンピオン”である。


強い、たしかに同年代のボクサーに比べはるかに強い。

だが、これで、彼が”才能”あるボクサーだと

本当に言えるのだろうか・・・?


生まれた時から、ボクシング。ひたすら、ボクシング。

彼は、十何年間ボクシングしかやっていないわけだ。

次男も三男も。(指導方法はどうであれ・・・)


そりゃ強いハズである。強くて”当たり前”なのだ。

むしろ、これで弱かったらおかしい、と言ってもいいぐらいに。。。



敢えて、彼に”才能”があるとすれば、

「ボクシングの強くなれる家に生まれた”才能”」であろう。


”屁理屈”と言えば、それまでなのかもしれないが、

それでは、年齢は同じで3年前からボクシングを始めた人と

長男が対戦したとする。


当然、長男の圧勝である。


で、長男に”才能”があって、負けた人には”才能”がない。

と、なるわけ・・・?

それは、あまりにも短絡すぎな見方ではないだろうか・・・・・・




自分の容姿などが悪く、育ちも悪く、お金もない、

そして自分は思うような人生を歩めず”不幸”だ。

それは、自分だけのせいじゃなくて、親も悪い。


だから、親を恨んでいい!親のせいにしてもいいんだ!


そんなことはない


私は別にそういうことを言いたいわけではない。


ただ、時として、”自分の責任”として扱うのは酷な事もあるから、

親になら恨みや不満をぶつけるのもギリギリありだ、と言いたいだけだ。


親だって、自分の子供が醜く生まれ、

不幸になることを願って生んだわけじゃないのだから、、、

それを子供からどうこう言われるのはとても辛いと思うが・・・



”運命”なんて言葉は、私は嫌いである。

どこか、他人まかせな気がして・・・

しかし、現実はそれに逆らえないと感じている、考えている。



「自分が今”不幸”なのは”運命”だ、どうしようもない・・・」


そう考えてしまうこともあるかもしれない。

だからといって、その怒りや不満の矛先を他に向け、

人を傷つけたり、社会を恐怖させたりしていい理由にはならない。


”自分自身”がろくでもない人間だとわかっていても、

”その”自分と向き合い、”その”自分を見つめ、

何ができ、何がしたいかを考えたほうが、

ただ、ふさぎこんでいるよりは、よっぽど

”楽しい人生”を送れるのではないかと思う。。。



いい年した大人が、親が悪いだ、社会が悪いだ、

自分自身のことを棚に上げて、なんだかんだ、

グダグダ言っているのを見るのは、本当に腹立だしい。





と、書いているうちに、何がなんだかさっぱりになってしまったわけだが、、、(笑)


上で書いたことを私自身に当てはめて(客観的に見て)みると、

まぁ、容姿はそれほど悪くない(100点満点で言うと、65ぐらいか)

で、家庭環境は、う~ん、、、少し悪いくらいか(40点)


普通に暮らせば、何の問題もなく生きていけるぐらいの

”運命”(笑)で生まれてきたはずなのに、

なぜ、今ホームレス?と冷静に考えるとそう思える・・・・・・w


ようは、私が”ポンコツ”だったというわけです。


それでも、不満はありません。


他人から見れば私は”不幸な人”に見られるかもしれませんが、

別に私自身は”不幸”だなんて思っていません。

まぁ、”幸せ”でもありませんがね・・・