息子は意気揚々と,というか,周りの同塾の受験生たちの勢いに半ば飲まれるように,教室のある校舎へ吸い込まれるように入っていった。上靴は持ったはず。弁当もお茶もある。カイロも持った。あとは落ち着いて力を出し切るのみ。

1時限目が始まった。午後からの入試は司法試験の択一以来だ。しかも今は息子の受験。自分の時とは違う。

お天気は快晴で典型的な冬の太平洋側の気候であったがやはり長時間外で待つのは厳しい。開始の時間まで,学校が用意してくれた待合室で待つことにした。待合室は階段を上がった左手にある講堂だ。入口の両サイドにトイレがある。長丁場だしと思い,先にトイレを済ませる。水は冷たい。

トイレを済ませて講堂に入る。広い講堂には一面にパイプ椅子が並べられていて,かなりたくさん空きがある。しかも前後左右真ん中にもオイルヒーターというか,ジェット機のエンジンのような暖房器具が置いてありかなり暖かい。快適だ。適当な席を見付けて着席してスマホを触ったり持参した小説を読もうとしてみるも,試験開始の合図がまだかと全く落ち着かない。落ち着かないので回りをきょろきょろ見回してみる。周りも同じようにきょろきょろしていて落ち着かない様子の親御さんばかり。という状況を認識してようやく少し落ち着くことができた。あと少しで試験開始。試験時間中この席にいるつもりはないが,万が一,試験開始直前や開始直後に息子に何かが起こって,呼び出しがかかってはいけないので,試験開始後30分くらいは着席しておこうと思っていた。ただ,この学校は,試験開始とほぼ同時に親御さん向けの説明会という名の自校アピールタイムが始まるという。正直,名古屋での説明会も聞いたし,また同じ話かと思うとそこまで気乗りしなかったが,一生に一回の経験かもしれないので,つまり,次男がここを受験するとも限らないので,経験として聞いておくこととした。

試験開始のチャイムが鳴る。息子の名前は呼ばれない。何とか無事に開始できたようだ。一安心。と感慨にふけるのもつかの間,説明会の開催のあいさつが壇上から始まった。まずは校長先生。この先生がまた面白い。理事長だったか。とにかくこの学校,もういいだろう。ここで名前を出しても。勘のいい方なら名古屋受験とかシンガポール受験とかで有名なあの学校といえばわかると思う。西大和学園だ。

大学と敷地が一体化していて,今回受験した中学の中で唯一といっていい。自家用車での来校を許可している。大学のグランドがあるからだ。名古屋からだと東名阪,西名阪を乗り継いで2時ほど。新幹線と在来線を乗り継ぐよりよっぽど早い。

息子と私は,愛車を点検に出していたため,慣れない代車で名古屋を昼前に出発し,途中のサービスエリアでラーメンを食べ,息子に至っては車中で転寝をして頭をさえさせ,万全の状況で西大和入りしたのだ。

話を戻そう。講堂の壇上には理事長。「西大和学園に入学してもらって後悔はさせません!学費が高いといわれているようですが,お母さん,それは違うんです。西大和学園がもらっているんではなく,すべて生徒さんに還元されるんです。海外留学,特別授業での体験,これは西大和学園でしかできません。そして,皆さん,2年後の大学合格者数を見ておいて下さい。びっくりすることが起こりますから」などとそれはもうすごい勢いでの学校アピール。とにかく迫力があるし,話がうまくて引き込まれる。スライドあり,写真あり。受験会場のお手伝いをしている生徒さんたちの生の声が聴けたり,直接話ができたり。「遠距離通学?問題ありません。君,どこから来てるの?」「兵庫です」「兵庫のどこや。兵庫も遠い近いあるやろ」「姫路くらいです」「姫路ちゅうたら,通学に何時間かかるん」「2時間いじょうです。」「2時間かけて西大和学園に通ってます,この子。皆さんどうですか,通えますよ姫路から。で,君,成績はどうや」「え,成績は中くらいです。」「そんな謙遜せんでええねん。正直に言うたらええんやで。ほんまは上の方ちゃうの」「いえ,中くらいです。」(会場爆笑)とまあ,こんな感じのやり取りが幾度か繰り返され,場の空気は和やかに,そして盛り上がっていった。一瞬息子が別の校舎の教室で試験問題を解いていることを忘れてしまうほどだった。

あの場にいた多くの人は,きっと西大和の理事長マジックにより,西大和への進学熱が一気に上がっただろう。暖かい講堂で,生徒と先生との軽妙なやり取りを,西大和が用意しているドリップコーヒーやハーブティーとともに聞くのだから。あれには正直うまいなと思うしかなかった。そんなこんなで,持参した小説を読むこともスマホをいじることもなく,2時間弱の説明会はあっという間に過ぎていった。(続く)