うちはあの日、知ってしまった。

 あの日は、高校卒業の記念でおばあちゃんの家に行っていた。あの時は、太陽がまだ高かった気もするし、そうでなかった気もする。
 その程度の記憶なのに、痩せ細った小さな身体で私を必死に守ろうとする、おばあちゃんのゴツゴツした感触だけはハッキリと覚えている。
 それから、真っ黒な影の中に浮かんだ赤い瞳。おばあちゃんの頭を吹き飛ばした後、その瞳は私を見て不敵に笑った。1秒でも早く逃げ出したいのに、頭部を失なったおばあちゃんは恐ろしい力で縛りつける拘束具と化していて、おばあちゃんだった塊を地面に何度も叩きつけて潰しきるまで、解放されなかった。叩きつける度、それまで生温い血を止めどなく噴き出していた首から、見た事もない色んなモノが飛び出した。飛び出すモノに合わせて、自分の中から意味不明な感情が湧き上がっては、すぐに消えた。
 逃げ出して、必死に走りながら、自分が、大好きなおばあちゃんの亡骸を、躊躇なく地面に叩きつけることができる人間なのだと知って、反吐が出た。

 自分自身が嫌いになった、と言いたいけれど、私みたいな狡汚い人間が自分を嫌いになれるわけもなく、いつしか、行為を黒い魔物に、やがては全てのヴァンパイアに責任転嫁した。


「私はヴァンパイアを許さない。」

 口癖のように、刷り込むように、何度も何度も言う。


「おばあちゃん。私は忘れてないよ…、あの日のこと。」

 本当の思いは違うのに、本当は復讐が目的じゃないのに、私は美談を携えて歌舞伎町に立つ。



 おばあちゃんは、とても、とても、とても…。



『気持ちよかった。』



 タタタッ…ッ…ッ…。
 3点バーストの乾いた音が鳴る、と同時に東から西へ、3つの火花がアスファルトに咲いた。


「どうだ?当たったか?」

「狙ってない。シェーナの方に行きそうだったから進路妨害しただけ。…ケンゴ、喜びな。とろいメスだよ!」

「久々のメスかぁ!俺が行くまで殺るなよぉお!」

「あんたのは"犯り"違いでしょ、エロケンゴ、死ね!…レンはどのへん?」

「まだ次郎。タテハナ登る時間ありそうか?」

「レンの走りなら余裕だよ。ターゲットはヒール履いたままでマジとろいから。…ねぇ、…このまま殺っちゃっても良い?」

 アゲハ視点のビューは、パタパタと音を立てて走るツインテールの少女をド真ん中に捉えている。
 視聴者からは「やっちゃえ!」やら、「アゲハ総取りでww」やら、アゲハの発言を支持するコメントが続々と投稿される。


「…相手は億。カラーも不明。やめとけ。簡単に殺れるならこの値段はつかない。」

「だな!やめとけ!便秘!」

「…りょ。てか、ケンゴ、あんたは死ね!」

 結果として、レンの判断は正しかった。


『あはは…。ゆっくり走ってもやっぱ群れないと撃って来ないかぁ☆ちゃんと狙ってくれないと場所の特定が難しいんだょねー。』

 ツインテールの少女、井伊知子は、敢えてプレイヤーが狙いやすい速度、位置を走っていた。大きな遮蔽物を見かけたら、程よく隠れつつ、それでいて進路が予測しやすいよう、進路に顔を向けて走った。
 理由は至ってシンプル。敵の位置を知るためだ。先ほどのように脅しでも撃ってくれば大まかな方角は掴めるものの、正確性に欠ける。どこか一ヶ所でも身体を撃ってもらえれば、角度と速度からほぼ正確な位置が割り出せるのだ。
 もっとも、物質を溶かす唾液で体表をコーティングできるルサールカだからこそ、なせる戦術ではあるが。


『こっちから仕掛けるのは相手の人数が分かるまでは控えたいけど…、ま、いっか☆』

 先ほどの着弾から、知子はプレイヤーが少なくとも1名、自分の東側にある廃ビルの3階か4階に潜んでいる可能性が高いと推測していた。
 推測通りならば、対象のビル側に移動して走ると、射撃が困難なはずである。その上で先ほどプレイヤーが嫌がった道に戻る。そうすれば潜伏している建物の特定は可能だ。似た角度で撃ってくれば潜伏先は西側のビルであり、急な角度、または撃って来なければ自分が近づいたビルだ。


「やばい!急にビル沿いを走り始めた。レンの言う通り誘われてたかも!」

「アゲハ、まずはルートの特定だ。
 ケンゴ、例のやつは見つけたか?」

「りょ。」
「まだ2つ。」

「2つあれば大丈夫だ。ケンゴ、すぐに戻ってくれ。
 アゲハ、ターゲットは?」

「4分でアゲハに合流する。」
「さっきのルートに戻った。」


「予定変更。そっちで仕留める!
 アゲハ、東から出てシェーナの屋上でケンゴと合流。
 ケンゴ、3分だ。3分で合流してくれ。
 俺は5分で着く。合流したら教えてくれ。」

「りょ。」
「OK!」





 名門のスポーツ推薦枠を逃して腐ってた俺を救ってくれたのは、ガキの頃から知るあいつらだった。
 思い返せば、俺達3人は0歳から一緒にいる。同じ年に同じ地区で生まれて、古い町だから親同士も顔見知り。幼稚園から高校までずっと並んで歩いてきた。
 そういや、レンとアゲハは付き合ってんのか?

 確かにアゲハはイイ女だ。けど、あの勝気な性格はマジ勘弁。クオーターだか何だか知らねぇけど、彼女にするなら図書委員系の女性に限る。

 高校卒業を機に、俺達は初めて道を分かれた、というか、分かれる予定だった。

 レンは国立大学に進み、アゲハはイギリス留学へ、そして俺は…、滑り止めの三流大学に。

 

 アゲハが語学堪能で頭脳明晰なのは分かりきってたから驚かねぇが、まさかレンが国立推薦とは。考えてみりゃ、リーダー格のレンは何でもそつなくこなしてたっけ。俺と違って、寝る間を惜しんで努力してたんだろう。
 2人の進路を知った時の疎外感はマジ半端なかった。正直言って、俺だけダメ人間シールを貼られた気分。世間的にはまだマシなのかも知れないが、俺的にはダメ人間絶頂期。そんな頃だ、あの映像を見たのは。

 バイト先のファミレスで客が俄かにザワつき始めた。夜シフトの割に珍しく忙しい日だったから良く覚えている。
 店のあちこちから叫び声がして、一番近い客のところに行く途中で、いきなり立ち上がってきた客に吐かれた。食いたてホヤホヤのハンバーグをエプロンにぶっかけられるのは最悪なんてもんじゃない。もちろんエプロンはすぐに捨てた。
 とりあえず客をトイレに連れて行って戻ってみたら、店内の騒ぎが尋常じゃない。最初は「感染症」かと思って焦ったっけ。ゲロぶっかけられてるし。だけど、よく見りゃ客がスマホ持って騒いでる。青白い顔で画面を凝視する近くの客のを覗き込んだら、くそ汚ねぇスプラッター映画をご鑑賞中。顔色悪くなるくらいなら観るなっつーの。
 程なくして、店長がスマホ片手にバイト全員を呼んだ。店長のスマホでも、さっきの客と同じ汚ねぇスプラッター映画を上映中。

「なんすかこの映画?流行ってんすか?」

「バッカ!お前!これ本物だ!ガチだ!
 おほん…、今日はもう良いから、君達はすぐに帰りなさい。」


 帰り道、街も駅も、バイト先をコピーしたかの様に騒然としていた。誰しもがスマホを凝視している。
 ホームで電車を待つ間、俺も人々に倣ってスマホに目を落とす。例の動画関連のニュースに混ざって表示される、天気と株価がひどく間抜けに見えた。
 それから、人混みに紛れた俺は、まるでそうするのが当たり前であるかの様に、親指で動画をタップする。


『ザマアミロ。みんな死んじまえ。』

 黒い悪魔が人々を惨殺していく光景を観て、俺は純粋にそう思った。