「SKの要望など放っておけ。あいつらが役に立ったことがあるか?
戦闘が始まったら、USかJPの機動兵の裏に隠れてやり過ごすだろうよ。
ああ、そうだ。無視でいい。次の戦闘で戦果をあげたら考えてやる、とでも伝えておけ。
すまんが、来客中でな。あとは任せた。」
オーバルルームの窓際に座るネクタイ姿の男は、通話終了を用心深く確認してから、豪華な革張りの椅子を大きく揺らして立ち上がった。
「博士、よくお越しくださいました。長々とお待たせして申し訳ない。」
ネクタイ姿の男は、部屋の中央まで歩み寄ると、良き父を思わせる完璧な笑顔で、親しげに右手を差し出す。
「大統領がお忙しいのは承知しております。こうして直接報告する機会をいただけるだけで光栄です。」
大統領と右手を交わす、博士と呼ばれた男は、どこにでもいそうな若者である。歳は30になったばかりか、あるいは少し若い。一応は背広を着ているものの、お世辞にも「立派」とは言い難い。
「なにかお飲みになられますか?」
慣れた手つきで、博士を部屋中央の長椅子に腰掛けるよう勧めた大統領は、すかさず聞いた。
「お水でけっこうです。先ほど公園で汲んできた水を、入口の守衛さんに取り上げられてしまいまして…。」
「相変わらずですなぁ。研究費が足りないのなら言ってくだされば。」
大統領が指を鳴らすと、いつもの女性が現れて、世界中で見かける北カリフォルニア産のミネラルウォーターを2つ、音もなくテーブルに置いて立ち去った。
博士はこの女性を見るたび、胸が張り裂けるような気持ちに襲われる。これが「恋慕」であると、彼は先日、AIに教えられた。
「いまは国防が大事。国防に比べれば、私の研究など安いものですから。」
女性への想いを悟られまいと、博士はすぐさまペットボトルを口に運ぶ。
「博士の研究が、この聖戦を終わらせる鍵なのです。国防の、いえ世界平和の要と言えましょう!
ところで、そろそろ教えていただけますか?彼女のことを?」
「っ!?な、なにをですか?」
当たり前の質問に激しく咽せる博士に、大統領は少し怪訝な顔で言葉を続けた。
「ご報告にいらっしゃったのでしょう?」
「あぁ!そ、そうですよね!彼女の話ですね!すみません。私の…、勘違いです。」
からかうまでもなく、過剰反応を示す博士の抱く青い恋心は、大統領のみならず、もちろん当の女性にも筒抜けである。
「…おほん。まず、リリスについて。」
「リリスに目立った進捗はありません。
彼女の脳波がアワンよりも何倍も複雑なのは以前からお話ししている通りです。身体的にも自ら抑制しているのか、繭と思しき状態から、いまだ変化はありません…。」
大統領は両手を組んだまま目を閉じ、代わり映えのない博士の報告に耳を傾ける。
「他に進捗とは言えませんが、一点だけ変化が…、ごく稀にリリスの繭から旋律が検出されるようになりました。鼻歌のようなものでしょうか。
…次にアワンです。」
「アワンは実戦投入レベルに達した、と言えます。」
「おおぉ!ついに!博士、やりましたな!」
長椅子の縁まで身を乗り出した大統領の、見開いた目がキラリと輝く。
「動画を資料として提出してありますが、モザイクもなく、堂々とお見せするような映像では…。
それでも、いまご覧になりますか?」
「ははは。私が元軍人なのをお忘れですか?ぜひともお願いします!」
大統領の気が変わらぬうちに、と素早く再生された動画をバックに、博士は言葉を続ける。
電子機器の持ち込みが禁止されている施設のため、博士が事前提出しておいた動画を再生したのは、例の女性である。
「アワンが成長過程だったのは幸運でした。リリスとアワンは非常に対照的と言えます。
成体であるリリスは、思考を得たのち、すぐさま再生を停止。生を拒絶しました。
一方の幼体、アワンは生きること、すなわち、生を何よりも優先します。
アワンから収集した思考データの解析が進めば、リリスの一部覚醒も可能性が出てきます。」
「残念なことに、アワンに予測されていた、更なる変化は確認できていません。しかしながら、素体と思われる今の姿のままでも極めて高い戦闘力を発揮しており、素手で敵中核個体撃破にも成功しました。」
「素晴らしい…」
映像を食い入るように見つめる大統領の言葉は、博士に対してではなく、映像の中のアワンに対してか。
「ご覧いただいた通り、制御は可能です。
ただし。単独行動ならば…、と条件がつきます。
当面の運用は、3M級重機動兵で対処しきれない、強力敵個体との一騎打ちでしょう。」
「博士は、アワンが3M級よりも上だとお考えですか?」
「はい。僕はそう思います。」
「なにを根拠に…?」
「…最近のアワンは、いつも無傷で生還します。」
「それほどまでに戦闘技術が高い、とおっしゃりたいのですか?」
「いえ。そうではありません。」
眉をひそめる大統領の言葉を、間髪いれずに否定した博士は、少し間を置いてから言葉を続けた。
「数ヶ月前から、アワンは傷を負わなくなりました。」
「アワンは、外的要因により負傷すると、負傷の原因に耐性を得るようです。この個体特有の免疫システムのようで、他の個体に、同様の事象は確認されていません。
核、HC、パルス、と高レベル兵器を一通り試しましたが、破壊されるのは一度目のみ。二度目以降は全くの無傷です。
先日の実験では、通常なら粉微塵になるレベルのハイレートパルスで満たされたフィールド内を、特に気にした様子もなく通過することに成功しています。」
「念のため申し上げますと…、アワンが過去に体験したのは、通常のパルスだけです。」
「素晴らしい!」
膝を叩き、博士の両手を力強く掴んだ大統領に、侮蔑とも取れる曖昧な視線を送った博士は、力なく口を開く。
「…しかしこれは同時に、現在判明している物理法則下で、アワンを倒せる兵器が存在しないことを意味します。」