「もう大丈夫だ。これで、爺さんが騎士団にサーチされるこたぁねぇよ。」

「ありがとうご…ぱぁー♪」

「ピアスはこっちでチャチャッと棄てとくからな。」

「分かりま…っぷぅ♪」

「こっちの2体はどうするんた?」

「同じ改造を…なーなーなーなーなー。」

 赤ちゃん連れで街頭インタビューを受けるママさんの気持ちが、今ならよぉーく分かる。
 会話できたもんじゃねぇ!


「ララちゃ~ん、良い子だからママのお邪魔はしないでくだちゃいね~。おばあちゃんところに来りゅ~?」

「たんの!」

 ボンッ!プシュー…。

 娘にあっち行けをされた母は壁まで一直線に吹っ飛んでいき、スーツ内蔵の高性能エアバッグが起動した。それを見た娘は無邪気にきゃっきゃと、手を叩いて笑う。
 人間が娘をあやすのは命懸けだ。ちょっと叩かれただけで吹っ飛ぶなんて当たり前。最初の被害者が私で良かったと心から思う。

 娘、ララの成長は異常なほど早い。生後一晩で寝返りをうち、昼過ぎにはハイハイを始めていた。
 お腹が空くと血を求めて人を襲うから、片時も目を離せなくて大変だ。親の身体とは良くできたもので、カッチカチにデカ硬くなる私の胸からは、母乳ではなく血が出る。授乳ならぬ授血をすると、今度は私に血の欲求が湧いてくるから始末が悪い。

 

 娘の名前はマルセーラちゃんと決めた。私生児だし、日本だと手続きが色々と大変そうなので、姓はモリノにする。私もこれからはモリノ姓を名乗るつもりだ。
 少し先の話だけど、マルセーラちゃんとの関係を娘に聞かれたら、亡くなったパパの妹、つまり「おばさん」て事にしよう、と本人から提案があったので、その案で行く事に決めた。

 私の家族と琴美は、私より数日前に拉致られたらしく、私が部屋に案内された時、制御チップを除去して貰ってご機嫌な田中家一同は、豪華客船のようなシロナガスくん内の生活を謳歌していた。自分の家族ながら、こいつらの順応性はマジ半端ない。特に兄。
 そんな彼らでも、飢える国民をよそに自分だけ汚く肥えるゴミ将軍が独裁する隣国に拉致された、と勘違いしかけた琴美には大きな救いになったとのこと。彼女は私の母から、私が何者なのか、そして兵藤さんから、彼女自身が何者なのかを、かなりザックリと説明されたと言っていた。

 

 琴美は、自慢の平ら胸を指差して「私は巫女の末裔らしい」と言った。

 もちろんこれは、彼女が自覚して導き出した言葉ではなく、兵藤さんの説明を引用した言葉であり、それが何の意味を持つのか彼女自身も、私も理解してない。
 3人の巫女と3体の金毛種。数が一致しているというだけで、勝手に「巫女=金毛種」だと思い込んでいた私は、内心ビックリしつつも、また琴美と一緒に居られる事が嬉しかった。

 マルセーラちゃん達は所謂レジスタンス、と言うか、モリノ組って人間界では普通にヤクザをしている方々で、マルセーラちゃん以外は人間だ。全員がヴァンパイアの存在を知っていて、独特の科学技術は騎士団よりも進んでいる部分と、そうでない部分が混在している。
 モリノ組自体は15年くらい前から活動を始めた新しいレジスタンスながら、組織のベースはウィッチ族が率いていた赤毛種の流れを組む老舗レジスタンスなのだと、兵藤さんが教えてくれた。その老舗レジスタンスは、マルセーラ母のご乱心で内部崩壊した、ような感じに聞こえたけど、ふわふわ感たっぷりすぎて、実はよく理解できていない。

 

 ちなみに、兵藤さんはバトルスーツなしでララの相手をする。

 何とか隠流って忍術を受け継ぐ直系子孫らしく、マルセーラちゃんに忍術を仕込んだのも兵藤さんだ。ララは兵藤さんの「分身の術」がお気に入りで、部屋一杯の兵藤さんを1人ずつ薙ぎ倒していくのが堪らなく楽しいんだって。


 話を冒頭に戻すと、中尉から貰ったピアスと爺のせいで位置を特定される危険があるからと言われ、爺の改造を行っていた。一部機能をオミットして、通信装置とOSをレジスタンス仕様に換えれば、スタンドアローンモードに限り使えるようになる。ついでに、二階堂姉妹の「きまいらちゃん」と「ぐりふぉくん」も、爺と同様の改造をして貰うつもりだ。

 

 ピアスに関しては、レジスタンスでは手も脚も出ない未知の技術が使われているらしく、即ファラデーシールドに格納された。後で深海投棄するとか言ってたけど、よく考えたら、私は身体がバラバラになっても何故かピアス付きで再生してた気がする。今も変身したらピアスが復活したりして?

 

 爺を改造してくれたエンジニアのガルシアさんは、40過ぎくらいの禿げ上がった小汚いおっさんで、メチャメチャ臭くて、歯も黄色い。彼は機関室に住んでいて、本来ならこちらから行くべきなんだけど、ララに装置を破壊されたらヤバイってことで、兵藤さんが彼を多目的ホールに呼んでくれた。

 彼は見かけによらず語学にも長けていて、英語、フランス語、スペイン語、ロシア語、広東語、日本語、ヴァンパイア語、それら全てを流暢に話す。兵藤さん曰く、翻訳機を作るついでに覚えた、らしい…。
 モリノ組のメンバーは皆、ガルシアさんが開発した「翻訳機能つき小型通信機」を耳に付けているから、前述の7言語間ならば不自由なく会話ができるのに、ヴァンパイア語の翻訳精度を上げたいって理由で、私はヴァンパイア語で話すよう指示された。
 田中家の体内に埋め込まれていた制御チップを除去したのもガルシアさんだ。


「2体は終わったら持ってくからよ。」

「え?16時からのミーティングですよ?」

 2体のぬいぐるみを手にホールを立ち去ろうとするガルシアさんに、私は慌てて声を掛けたが、彼は背中越しに右手を上げ、ぐりふぉくんをブンブンと振り回しただけで、何も言わずに行ってしまった。


《姫様!ご事情は理解しておりますが、まじチョー寂しかったですじゃ!》

 1日起動しなかっただけで大袈裟な。それよりも、ちょっと改造されただけなのに爺の喋りが劇的に改善している。


「またペラペラだね。今度はなんで?」

《戦闘機能および各種外部サーバーへの常時接続をオミットしたお陰ですな。》

 戦闘機能ってなんだ!?とは聞いてあげない。どうせ大したもんじゃないだろうし。


《これでメルトダウンの心配はなくなりましたですじゃ♪》

 メルトダウンだとぉ!?うあぁー、ちょーツッコミたぃ!
 その身体でお前は核分裂エンジンなのか!?お前の全身を覆う、紫外線も電気に変換できちゃう半導体繊維は見せかけなのか?…爺は絶対わざと言ってる、ツッコんだら負けだ。

 

 ちょーツッコミたいのをぐっと堪えてプルプルしていると、私達が乗る、正式名称「マジで鯨にしか見えない潜水艇、シロナガスくん1号」の自称船長、マルセーラちゃんが、にんにんにんじゃ♪なんにんじゃ♪知らんのじゃ♪と、意味不明なオリジナルソングを歌いながらホールに入ってきた。


「さくら殿、もう来てたでござるか。ん?ララ、うんこした?でござる?」

《…空間臭解析の結果をお伝えしますぞ。98%の確率でガルシア様の残り香ですじゃ。》

「なっとく、でござ…」
「なっとく…。」
「ジンクス!拙者の勝ち〜♪」
「ござる言いかけてたし、今のはノーカウントっしょ!」

 ジンクスゲームに勝利したくらいで超絶喜ぶマルセーラちゃんの横までハイハイでやってきたララは、彼女の脚に掴まりながら立ち上がると、そのままヨチヨチと、まだおぼつかない足取りで爺のところまで歩いた。


「たぁー♪」

 全身でバンザイをする娘が可愛くて、愛おしくて、親バカ全開の私は、モチャモチャと抱きしめ、プリンみたいなプルプルほっぺに何度も何度もキスをした。





ーーーーーーーーーー
「今の騎士団は腐敗しきっている!」

 温州みかんの木箱に立つマルセーラちゃんが大袈裟な身振りを交えて叫んだ。私と琴美、それから兵藤さんは、3人並んで演説するマルセーラちゃんを後ろから眺めている。
 ちなみに、私にしつこくチュッチュされ過ぎて結局泣いたララは、不細工なご機嫌ナナメ顔のまま私の腕の中で爆睡中なので、人数にカウントしないでおく。

 

 マルセーラちゃんの背中には小さな傷がいくつもある。ヴァンパイアになる前に付いた、ただの傷なんだろうけど、彼女がブラトップ姿のせいなのか、凄く気になる。
 ヴァンパイアになると治癒力が上がり、ほとんどの傷は再生するようになるが、ヴァンパイア化前に負った傷は何故か再生しない。私の場合、右脚の手術痕は何度再生してもそのままだ。それはつまり、産まれながらヴァンパイアであるララは傷1つ残らない、ということ。娘の不死性はまだ未知数だけど、オンセット時の輝きを見る限りは金毛種だ。

 

 居るはずのない4人目…「歴史のエラー」とでも言えば良いのか。


「腐敗の原因は元老院と上層部の癒着!本来なら、奴らはお互いに監視し合う関係でなければならないはず。」
「現実はどうだ!発表される人事はお互いが入れ替わるだけじゃないか!」
「その結果、ヴァンパイア界の進化は止まり、神に勢力拡大を許してしまった。このままでは、全人類が神の軍勢となる日も近い。」


「このままでは!近い将来に起こる大戦の勝者は、神だけだ!」

「この星を憎っくき神に渡して良いのか!?ヴァンパイアと人類が殺し合って良いのか!?」

「答えはノーだ!」

 鬼気迫る演説だ。さっき「うんこ」とか口走ってた人物とは思えない。
 てゆーか、ナンチャッテ忍者語じゃねぇし。


「騎士団の、ヴァンパイアの目指す世界はなんだ!?」

 彼女の問いかけに、集まった100人近い人々が声を合わせ、人類との共生だ!、と応える。


「そう!人類とヴァンパイアが共に手を取り合って暮らす地球こそが、ヴァンパイアの目指す世界!」

「人類とヴァンパイアは共に勝者でなければならない。神の勝利など論外!」

「皆にもう1つ問いたい。」
「鈍化する騎士団、強まる神の影響力…、問題の真因はどちらだ?」

「神か?」
「騎士団か?」

 ホールが、騎士団!、と唸った。
 彼女は先導者というよりも「扇動者」だ。間の取り方、言葉のトーン、表情、動き、それら全てが人々を惹きつける。

 人々の反応を満足げに眺めた彼女は、ホールが静まるのを待って言葉を続けた。


「騎士団は我々をレジスタンスと呼ぶ。」

「…おかしくないか?我々の歴史は騎士団よりも古い。」

 

「我々は巫女の意思を継ぐ者。超人的な力を持つヴァンパイア達が道を外す事がないよう監視をする、いわば世界秩序を守る者のはずだ。」
「これまでも、そして、これからも、この大義は変わらない!」

「今こそ大義を果たす時!」

 彼女は言うと同時にウィッチへと姿を変えた。


「騎士団と元老院は、絶対的な力を知っているが故、その上に胡座をかいている。」

「神の力がどこまで強くなろうとも、ヴァンパイアが負ける事ない、と。」

 

「…それは事実だろう。」
「しかし、奴らの考えに人類は居ない!」

「ヴァンパイアだけが生き残って何の意味がある?人類が居ない地球に何の意味がある?」

 これをヴァンパイア姿で言う。


「我々は起つ!」

「そして、奴らが胡座をかく、偽りの玉座を打ち壊す!」


「案ずるな、大義は我々と共にある。見よ!我々の元には、すでに女神と巫女が居る!」

 ここで兵藤さんが私と琴美を前へと押し出した。


「皆に紹介しよう。」
「彼女は東の巫女の血を受け継ぐ者、コトミ・イケモトだ。」

「残念ながら今はまだ未覚醒だ。彼女を覚醒させるため、この船はエルサレムに向う。」

 事前に打合せしてたのか、琴美はお辞儀をして人々の声援に応えた。
 その前にエルサレムってどこだ!?


「そしてもう1人。いや、2人…。」
「まずは、私の義理の姉、サクラ・モリノだ。」

「彼女は生命を創る者。私も彼女から2度目の生命を貰った。」

 え?義理の姉!?
 もうその設定スタートしてんの!?ララに聞かれたら、じゃねぇの?

 

 異様な盛り上がりを見せる人々を前に緊張しまくった私は、思わず大量出血モードのブリュンヒルドに変身してしまい、持ち前の不気味さでホールを凍りつかせた。

 

 中でも一番驚いてたのが、琴美。

 彼女は、魔女っ子のマルセーラちゃんが唯一知るヴァンパイアだったわけで、変身=服が可愛くなる、くらいに思い込んでたとしてもおかしくない。

 そんなお花畑いっぱいの予備知識の中、幼馴染みがドス黒い体液を垂れ流す悪魔に変身したら、そりゃあ、白眼を剥いて気絶するわ…。

 

 琴美、まじゴメン。あ、一応言っとくと、これ、悪魔じゃなくて、女神だから。


「そ、それと、もう1人!」

「みんな安心して!もう1人居るから!我々の元に舞い降りた、もう1人の女神…、姪のララだっ!」


 …ゴメン。さっき泣かせたせいで、女神には程遠い、すっごい不細工な顔で寝てる。ついでに言うと、真っ赤な顔で気張ってるから「寝うんこ」してるかも。


「と、とにかく!奴らが余裕をぶっこいてられるのは、中立でもドラキュラが居るからだ!」

「巫女を覚醒させてドラキュラを封印する!そういうことだからっ!うわっ!ララ、臭いでござる!」

 最後がビシッと決まらなかったのは、やっぱり私のせい?