「特2に新人が配属される事になった。」

 給湯室に入ってくるなり、物凄く不機嫌な霧島リカ中尉が喜ばしいセリフを言った。
 この不機嫌さを前にして、中尉の水羊羹を食べたのは私です!と名乗り出るのは自殺行為だ。


「ボクの代わり…?治るまで限定?」

 マリナさんが膝から下のない、青女のような白い右脚をプラプラさせた。
 再生能力が一般的な黒毛種の半分しかない彼女の脚は、少しずつ、ゆっくりと、再生する。


「マリリンの代わりって、レイナっちと息合わないんじゃなぃ?」

 そう言ってチョコレートを2つ口に投げ込んだ知子は、今日も絶好調に変な色の服を着ている。
 てか、わざわざ乳下でシャツを縛らなくても良いんじゃないか?


「ま、普通に考えたらダンサーだねぇ。」

 レイナさんは、グロスの色を変えてからヤケにご機嫌だ。
 ピンクベージュの艶めきが小麦色の肌によく似合っている。


「新メンバーならさくらでいいじゃん!変身した後のwww」

 知子は、ファンに見られたら引退確定級のブ顔でヒビ割れた私の変身後を再現した、つもりだろうけど、それでもまだ私よりは可愛い。
 ここは、ご要望通り黒いランスでピンポイント攻撃してやるとしよう。


「ちょっ!変身しただけでマジ怖いから!それを女神って言い張るのはどうかと思う!」

 変身後の私は「ブリュンヒルド」と呼ばれ、定形がない金毛種の中でも極めてレアな形態なのだという。

 

 ヒビ割れた陶器のような肌と、アップで纏められた艶々しい黒髪、そして、血のように紅い瞳が特徴だ。
 顔立ちは綺麗なんだけど、無表情でヒビってるから不気味。ブスな私が、変身すると不気味になる…。
 あと、左しかないけど、穴だらけの翼も生えていて一応飛べる。
 精密検査を受けた結果、翼は第2の腕、との事だった。つまり、変身後の私は腕が4本ある。

 右翼がないから、正確には3本だけど…。

 私のブリュンヒルドは、並外れたリアライズ性能と、アクティブキュアと言う、自分以外を再生できる珍しい能力を持つ。
 その代わり、自分を再生するパッシブキュアがとても遅い。性能は高いけど発動が遅い。
 すぐ死ぬ。だけど、数分で生き返る。不死身の金毛種には違いないけど、ゾンビちっくだ。
 まぁ、戦う前からボロボロだし、仕方ないか…。

 ちなみに、本気を出すとそこそこ強い。

 強いけど、ヒビや「色んな所」からドス黒い液体が浸み出してきて、身体中が黒く染まりやがるので、可愛い下着を履いたまま本気になると、超絶後悔する事になる。てゆーか、すでに後悔した!
 知子には、墨吐きモード、とバカにされるけど、墨吐いてる本人は泣きたいくらい痛い。ちなみに、涙も黒い。

 過去にブリュンヒルドをオンセットしたのは1人だけ。
 2代目ドラキュラさんの奥様が金毛種で、その姿はブリュンヒルドだった、と文献に残っている。挿絵の類が残っていないため、実際に私と「全く同じ」姿だったのかは不明。

 それでも私の変身形態をブリュンヒルドと断定するに至ったのは、彼女の遺骨から採取された、変異体と呼ばれる変身状態のVの遺伝子構造と、私のV変異体遺伝子構造に、1/1500万の誤差しかなかったからだ。

 参考に見せてもらった、「玉藻前」とか言う、超和風な前東京金毛種変異体との比較結果は、ガチで「別種」だった。


「燃えカスになっても生き返るとか、どうやったら倒せるのょー。」

 自分でも気持ち悪い姿だと思うので、さっさと変身を解くに限る。むろん、知子を突いてから、だ。


「あの時はさすがに死んだと思いました。」

 南米基地で体験した苦痛が蘇ってきて、寒くもないのに身震いしてしまった。
 白い女神様が現れる前、私はHCマインというアメリカ軍の新兵器を食らっていつもの如く死んだ。ただ死んだだけじゃなく、ほぼコアだけの状態になってしまい、ベースのブニョブニョ状態まで再生するのに10分もかかった。
 そこから再生する時の苦痛と言ったら…、ブニョブニョのまま地面を這いずり回って、あちこちに散らばるアメリカ兵の死体から冷えた血を貪って、何度も死んでは、その度に再生を繰り返して、30分近くかけてやっと完全再生!


 そう言えばあの時、私は1人じゃなかった気がする…、のは気のせいだね。

 



「そろそろ本題に入っていいか?」

 不機嫌な中尉の言葉に、悶絶から復活した知子が、どうぞ~♪、と興味なさそうに、チョコレートをまた2つ頬張る。

 美人ってやつは、不機嫌でも、チョコ食ってても、何しててもやっぱり美人だ。


「リオン、みんなに動画を見せてくれ。」

「…了解した。」

 モヒカンみたいな寝癖がついてる少尉の専用端末、うるふくんがホログラムビデオを表示した。
 小さいながらも、ホログラム映像はあたかもそこに居るようなリアリティがある。臨場感たっぷりだ。


「リカにゃん、これは?」

「先ほど言った新人の動画だが?」

 小麦色の腕が、そうじゃねぇ、と不機嫌な中尉の細い腰を裏拳打ちした。


「…バイオレンス。この娘、アイドル希望?…謎。」

 色白の指が指し示す先では、埃っぽい路地裏で複数の男達を1人でボコボコにする褐色の少女が躍動していた。

 少女の歳は私達と同じくらいで、髪型がすごく特徴的だ。
 レイナさんがたまにやる、ブレイズってドレッドヘアだと思う。

 

 

 完全にキャラ被り。

 動画を見る限り、少女の動きかなり速い。一瞬で5メートル近く移動したり、3人くらいに増えたりする。

 人間界で撮影された動画っぽいから、録画しているデバイスのせいかも知れない。


「動画は入隊前のものだ。当然、スーツは着ていない。なんというか、…元気な娘、なんだ。」

 腰をさする中尉の言葉に、本人はケモミミ代表、だけど部隊内では「ミス・バイオレンス」の異名をもつ神河少尉が、眉間に小じわを寄せて、ほぅ、とだけ言った。


「私が言ってるのは、バックダンサーが同じキャラってどうなんだ、って話だょ!」

 やっぱりそこは気になる、当事者のレイナさん。
 ViPは5人組のユニットで、楽曲ごとに役割は変わるものの、基本編成は決まっている。

 

 メインボーカルは、RICAこと霧島中尉と、LIONこと神河少尉の2人。
 残りの3人、CHICO(井伊軍曹)、MARINA(二階堂姉)、REINA(二階堂妹)は、コーラスとバックダンサーだ。
 ネタ曲やロック系の楽曲だと、CHICOやMARINAがメインボーカルを務めることもある。

 一方で、REINAがメインボーカルの楽曲は1つもない。
 結成以来、彼女はずっとバックダンサーとしてViPを彩ってきた。

 外野の私が言うのはなんだけど、キャラ被りはヒドい。


「それは私も分かっている。取り止めを上申し続けたが決定は覆らなかった。すまない。」

 長い睫毛を伏せた中尉が、唇を噛みながら不機嫌な理由を教えてくれた。

 

 レイナさんは、上の決定か…、と呟いたあと、窓の外に目をやったきり、手に持ったチョコを食べずにいる。
 窓の外では、D64ポートの修復工事が騒がしく進む。


「配属は本日から!…の予定だったが、まだ何の連絡もない。ふぅ…、全く!

 私は単独ラ…任務のため午後から海外に飛ぶ。リオン、あとは頼むぞ。」

「…承知した。」

 バタンと大きな音を立てて、終始不機嫌だった中尉は給湯室を後にした。

 彼女はルールや規則に厳しい。不機嫌なもう1つの理由がこれだ。

 

 私以外、もう誰も観ていないバイオレンス動画は、少女がカメラに向かって「何か」を投げてきたところで、ザーッというノイズが流れる、お決まりパターンで終了した。
 果敢にも転属初日から無断欠勤を決行した彼女のドレッドヘアが、蜂蜜で抜かれない事を祈るばかりだ。





ーーーーーーーーーー
「田中ぁー?田中准尉ー?いませんかー?…今日も不参加…っと…。」

「い、いますっ!…ぎりぎりセーフ♪」

 私は、窓を突き破ってトレーニングジムに飛び込むと同時に、変身を解いて叫んだ。
 窓ガラスで右腕と左耳がどっか行ったけど、問題なし。少しすれば再生する。

 ジムにいた体格の良い30人超の少年少女達が呆れ顔で私を見ている。それもそのはず、チャイムが鳴ったのは5分前だ。


「こら。アウトだ。スタメン落ち決定。特2に修理代請求しとくからな。」

 2本線の入った赤いジャージを着た女性が、下敷き型端末で私の頭を小突いた。もちろん「縦」で。


「そんなぁ。次の試合に出れないと少尉の家でお泊り合宿させられるですよぉ。そこをなんとか!コーチ、お願いします!」

「神河の家で合宿なんて最高じゃないか。じゃあ、スタメン落ち決定で。」

 ジャージ姿の女性は、飛行能力は合格ね、と付け加えて、もう一度私の頭を小突いた。今度は下敷きの面だった。

 

 この女性は、ヴァンパイア界の人気競技、フライング・フットボールのチームコーチをしているドーソン大尉。

 いつ、どこで遭遇しても2本線の入った赤いジャージを着ている体育会系女子だ。2本線の色が変わるので毎日同じ服を着てるワケじゃないらしい。
 ちなみに、今日の2本線は黒だ。

 フライング・フットボールは、飛行能力のあるヴァンパイア専用の7人制競技で、ルールはアメリカンフットボールとだいたい同じ。飛ばなきゃならないので、もちろん全員変身する。
 違うのは、フィールドサイズと、ゴールの高さが攻守交代毎に変わるところ。フィールドは縦横がアメリカンフットボールの3倍になってて、350フィートの高さ制限がある。
 ちなみに、ボールは金属製で2kg弱…。


 根暗眼鏡代表の私がなんでこんなとこにいるかと言うと…、基礎体力をつけるのに最適だ、と熱く語る中尉に無理やり入れられたから。

 だけど、実は今日まで一度も参加していなかった。

 だって…。

 

 この競技を知らなかった私は、参考までに、と大ファンだと言う少尉にコレクション動画を観せてもらった。
 動画は、ショッキング映像の連発!ワンプレー毎に誰か1人は死んでた。

 本当はずっと不参加で逃げるつもりだったけど、朝起きたら海外遠征中の中尉から、開幕戦に出られなかったらベルセルク式強化合宿だ、とビデオメールがきていたため、文字通り飛んできた私です。



「全員集合!やっと今シーズンのチーム全員が揃ったな。今日は開幕スタメンを決める模擬戦だ。」


 右腕の再生する痛みに悶える私を無視して、コーチは全員を集めると、てきぱきとメンバーを4チームに分けていった。
 私はBチームの攻撃の時だけ参加するオフェンスチームってやつらしい。ポジションは、ワイドレシーバーという「球を取る役」だと、隣りの角刈りボーイが教えてくれた。


「OK!最初のオフェンスはBチームだ。田中、いけるな?」

 無理です、と言ったらバラバラにされそうなので、ここは素直に頷いておこう。


「田中准尉が初実戦なので、ファーストダウンはレシーバーをおとりにして、ランニングで攻めます。」

『おとり?ダウン?即死ねと?』

 みんなが円陣を組み始めたので控えめに参加してみたら、何となく聞いた事がある、クオーターバックという、ボールを投げる役のチャラボーイが、ホログラムを見せながら作戦を指示していた。


「田中准尉は、俺がボールを持ったら、内側に切り込むフェイントを入れてからラインぎりぎりに開いて、ゴールを目指して飛んでください。」

 何を言ってるのか全く分からなかったけど、私に該当するホログラムマーカーを移動してくれたので、何をすれば良いのかは理解できた。再生したての右親指を立てて、チャラボーイに了解のサインを送る。


「それでは、Hat、2回でいきます。」

 チャラボーイの合図で、みんな一斉に変身して飛び立ち、それぞれのポジションに展開していった。
 見上げると、みんなの配置はさっきのホログラム通り。ということは、横一列に並んだ人達の左側が、私のポジションってことになる。

 黒い女神姿に変身し、ポジションを目指して跳び立った…。

 

 

 



「田中!笛が鳴るまで動いちゃダメだ!」

『なんてこった!ホバリングできなきゃダメなんて聞いてない!』

 私は飛べる。

 だけど、滑空しかできない。他のみんなのように羽ばたいてホバリングする機能がない。

 とどのつまり、空中で静止できない私はファウルを取られてしまう…。


「スタメン落ち決定!…てい!…てぃ!…ぃ!…!」

 ジム内にこだまするコーチの半ギレ声が、楽しいベルセルク式強化合宿の開催を告げた。