私達を乗せた1500m超級の巨大戦艦ナグルファルが大気圏を抜け、宇宙に出た。
 ぶっちゃけ東海道新幹線より揺れない!とか言ってるけど、あんまりふざける気分じゃかったりする…。

 あ、いつもの忘れるとこだった。
 どーも、私(さくら)です。

 


 私達は今、時空転送のため、宇宙に来ている。
 真空の方が時空転送に向いてるとか何とか言ってたけど、まさか宇宙に放り出すつもりだったりして…?

 それはさておき、これまでの経緯をお話ししましょう。





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 紅蓮色の男が再び息を吸った。

 男が見据える先には、悪魔に似たサクラと私がいる。
 私は数秒前に見た神河さんの最期を、自分に重ねた。


"さくら、ごめんね。変な事に巻き込んじゃって…。"

『いま言うな、クソババア。でも、ありがと。衛星で私を救ってくれたのあんたでしょ?』

"自分のためにね。こっちこそ、神河さんのこと、ありがとう。私じゃ彼女を笑顔で逝かせてあげられなかった。"

 精神世界の中とは言え、自分と話すのは不思議な感じだ。
 サクラは、私よりもずっと歳上で、とても美人で、ついでにエロかった。
 てゆーか、どこをどう見ても「私」じゃない。


"うふふ。見た目が違うって顔してる。ルイズさんの発明が世界から外見のコンプレックスをなくすわ。最初の被験者はあなた。世界中があなたに恋をする。"

『いま言うな、クソババア。』

 この期に及んで未来の話をする自分を、改めてバカだと思った。


"そうね…。それと、さっきナグルファルを起動した。星の大地にあるあなたの器を使って、マルセロさんを元の時代に戻すわ。"

『マルセロさんを返さないと、ドラキュラさんが許してくれそうにないもんね。』

 自我を得た私は、サクラの知識を部分的に共有している。
 黒く塗りつぶされた知識が結構あるから、共有率はたぶん50%くらいだと思う。
 私の身体なのに、100%じゃないってのがイマイチ納得いかない。

 サクラが言った、戻す、とは時空転送を意味している。
 時空転送はEAXをベースにサクラが開発した新しい転送理論で、言葉通り時空を超えて転送できる。
 別の時間軸にある特異点同士を繋いだり、死んで無に還る直前の点、つまり狭間の世界にアクセスする事ができる。

 

 今の状況を簡単に説明すると、マルセロさんがココにいる事自体が特異点というか、時空の不安定要素になっている。

 彼のような要素を元の時間軸に「戻す」行為は、時空の修正力の働きで理論上はいつでも行えるはずだ。
 ちなみに、私はサクラと半同化状態にあるので、同時間軸に居ても特異点にすら扱って貰えない。


"航行システム、起動。反重力装置、出力全開。一次融合炉、スタンバイOK。量子制御、オールグリーン。内外圧調整、指数230。3D座標、設定OK。……ナグルファル浮上します。"

 中性的なガイドロイドの声に続いて、熱気を帯びた空間がまた歪み始めた。

 そろそろサヨナラだ。


"ミャタポ、フィーリャ…、ゴーリオを頼みます。彼はこの星の新たな護り、いえ、新たな王です。崇めるのではなく、共に生きなさい。彼はそう望むはずです。"

 サクラが、サクアモイらしく、凛として言った。

"一人ぼっちの最期じゃなくてよかった…。"

 最後にボソっと付け加えた言葉は、私にしか聞こえない心の声。

 思えば、彼女はずっと孤独だった。
 娘と夫を想い、夫の血を受け継ぐ者がいつかこの星に帰ってくると信じ、悠久の時を「無」に耐えた。人知れず孤独のままに処分されるだけだと知っていながら。

 一連の騒ぎは彼女なりの脱走計画。
 愛し、愛され、泣き、笑い、苦しんだ、あの頃に戻りたい。

 そんな、普通の幸せを求めただけ。


 サクラが赤い瞳を瞼にしまった。
 私も彼女に倣い、青い瞳を金色のまつ毛で覆う。


 莫大な熱が、瞼とまつ毛を焦がす。

 

 

 

「ゴーリオ、やめてーっ!」

「フィーリャ!行ってはダメ!」



 意味が分からなかった。
 ただ、濛々と湯気が立ち込める中、自分達が生きているのは確かだ。

 湯気の中に、あってはならない人影が2つも見える。

 湯気を払う機械的な風がひどく遅い。


"…フィー…リャ…?ミャタ…ポ?"

 サクラが、そこにあってはならない2つの名前を呼んだ。

 私は事態を把握するよりも早く、ランスでFRIGGを貫いていた。

 リアライズされたランスは黒い。
 FRIGGを満たしていた液体が、ランスの開けた穴から、どうどうと音を立てて流れ出る。私はその流れに乗って外を目指す。

 背中からお腹に深々と刺さっていた最後のケーブルは、たぶん途中で千切れた。

 

 身体中の亀裂から噴き出したドス黒い液体が、私をより一層黒く染める。


 つまりそれは、FRIGGと私(サクラ)の分離、を意味する。
 リプロダクションされた生命体と違い、コアとして使われてしまったこの身体は数分で朽ちるだろう。

 その事を知っているはずのサクラは何もしなかった。



『まだリプロダクションいけるよね?』

 左半身が吹き飛んで泡を吹いている少年と、右半身と頭部の半分が溶けて痙攣する女性の傍に、黒いランスを携えて跪く私は、きっと死神にしか見えない。


"誰かさんのせいでFRIGGの補助ナシだけど、大丈夫よ。方法は分かるわね?"

『…私達の命と引き換えに、でしょ?…OK、やるよ。』


 私は幽明の境に立つ2人の頭に手をかざして、祈った。
 紅蓮色の男は、悪魔のような私の祈りを静かに見つめている。


 翼のない背中にリアライズしたのは、今の私によく似合う真っ黒な穴だらけのボロ翼だった。まさに、梅に鶯、悪魔にボロ翼。
 身体を支点にして2人を覆ったボロく小汚い両翼は、やがて剥がれ、それぞれが1人ずつ包み込んだ。

 

 私の身体は、すでに染まっていない箇所を探すのが難しいほど、黒に支配されている。