"お願い…消えて…!"

 母の悲痛な叫びで、私は目を覚ました。

 

 

『違う!これはママの声じゃない…。』

 


 私は…、私は、全てを見ていたんだ。

 

 全てを知っていたんだ。

 

 

 自分がなぜココにいるのか、ココがどこなのか。

 

 サクアモイが何者か、怒れる竜が何者か、マルセロさんが何者か。

 

 サクラの想い、願い、憂い。


 そして、私自身が何者か。

 


 ずっと、全てを知っていたんだ…。
 

 


 星の大地を見つめる私は、「さくらの心」。

 

 身体は最初からサクラに奪われていた。
 仲間と共に旅をしてきた私は、私ではない私。

 

 ココに飛ばされた時、偶然にも爺とリンクしていた事で、心だけはサクラに奪われずに済んだ。

 旅をしてきた私は、サクラに身体を奪われながらもVマイクロムがリアライズした、心の器。

 Vマイクロムが上手く機能しなかったのは、私が本体ではなかったから。



 そしてサクラは、私の身体諸共、怒れる竜となったゴリオに消される事を願っている。
 神河さんを「ただの人」に戻したのは、すぐに逝けるように、とサクラなりの思いやりだ。

 私はHCマインで死んでいたかも知れない身。ココで消えてしまうのは構わない。
 今のサクラが証明している通り、私なんてこの星にとって存在しない方が良い、クソッタレの根暗眼鏡だ。

 だけど、サクラの身勝手で生を受けてしまった神河さんはどうだろう。
 必死に自分を全うしようとしているのではないか。


 赤く染まった人の拳と、瞳を僅かに濡らす涙は、彼女が生きている証。

 彼女はベルセルクとして二度も生を受けた。
 彼女自身が知る存在意義は、最強を求める戦士、ベルセルクであり続けること。

 より強くあるため、強者を求め続けた。

 

 誰よりも強く。

 

 

 誰よりも…



「変身すると可愛くないから。」

 神河リオンは言っていた。


 彼女が求めた本当の存在意義。

 


 誰よりも輝きたい。





ーーーーーーーーーー
 女神の歌声が聞こえた。
 それは、神話世界を語る幻想的な歌ではなく、マルセロがよく耳にしていた現代的な歌だった。


 「さくら」には何もない。
 現状を打破できる強さもなければ、身体すらない。

 あるは「心」だけ。


 だから、さくらは、歌うことにした。

 女神の歌は、必ず届く。


 女神の歌は、必ず心を届ける。

 


 さくらは心のままに歌った。

 


 神河リオンが輝いていた、あの歌を。
 

 

 

 


「…さくら…。」

 リオンの長い睫毛が揺れる。
 固く結ばれていた口元が僅かに緩み、それから彼女は、白い歯を見せてこう言った。



「LIONもOK♪最後の曲、いくよー!」

 勢い良く走り出した彼女は、いつか見た衣装に身を包んでいた。
 拳を振り上げ、高く跳び上がったリオンは、キラキラと眩い光を帯びて輝く。

 

 空を駆けるリオンは笑顔。


 神河リオンは美しい。


 ミステリアスな雰囲気、端正な顔、モデル並みのスタイルで、男性のみならず、多くの女性からも人気を博し、いつしかビューティーアイコンと呼ばれるまでに至った。
 しかしルックスと相反する戦闘力の高さ故、戦火の拡大と共に前線配備されるようになり、最期は最大の激戦地となった月で戦士として生涯を終えた。


 神河リオンは美しい。

 

 艶やかな衣装に身を包み、歌い、踊る彼女は、一際美しい。


 飛びかかるリオンに合わせて、男が微かに息を吸った。周囲が焼けるような熱を帯び、景色が歪む。

 真っ赤に腫れ上がったリオンの拳が男に触れる寸前、男は優しく息を吐いた。

 

 

 ロウソクを消すような仕草で、男は地獄の業火を吹く…。


 パンッ!と、何かが弾ける音がした。






 神河リオンが最期に駆けた軌跡は、いつまでも、キラキラと輝いていた。

 

 いつまでも、いつまでも。