あれは本当に「人」か、とミャタポは目を疑った。
その者は、風の民よりも速く、山の民よりも力強く、躍動した。
神烈な風を纏ったバケモノに立ち向かう、誰よりも弱く儚い風を纏ったその者。
その背中は、ミャタポの身体に再び熱い血潮を巡らすのに十分な説得力を持っていた。
その者の名は、マルセロ。
人ならざる人。
「くそっ!ここまでか!」
HMDの表示によると、俺は0秒前の接地点から9メートル上にいる。
C4爆弾4発のゼロ距離爆発にも耐えられる、スーツ内蔵型エアバッグの停止シグナルが鳴り止まない。
たった今、食らってしまった一撃が、エアバッグの性能許容値を超えていたようだ。
数秒後に俺は、エアバッグなしで9メートル下の床に叩きつけられる。
「装備は命と等しく扱え!」
こんな時に鬼教官の怒号が蘇ってきた。
一度も好意を持った事はないが、鬼教官の顔は正直好みだった。
「教官、すまねぇ。俺、またぶっ壊しちまった。」
鉛のようにスーツが重くなったのは、たぶんオーバーヒートのせいだけではない。
ベルセルクの黒く鋭い爪が直撃した箇所からイヤな色の液体が滲む。
半分は「俺の」だと思う。
憧れの女性が、落下地点で俺を待ちわびている。
このまま寝かせてくれる気はないらしい。
ベルセルクになっても睫毛は長いな、と俺は思った。
残念なことに、俺が憧れる彼女の欠片は、無駄に長い睫毛しか残っていない。
「タッチなんて出来るわけねぇ。ま、憧れの女性に殴られるってのも、プレイボーイみたいでありか。」
俺はいつもの無茶苦茶な論を考えていた。
この無駄口はノイズキャンセルのせいで誰にも聞こえない。
ただの独り言だ。
しかし、本当に残念だ。
待ちわびてくれている彼女には申し訳ないが、残念な思いをさせてしまうかも知れない。
本当に残念だ。
残念ながら…。
やっぱり俺は死なない!
ズドン…ッ!
強烈な音波と同時にベルセルクの身体が「くの字」に曲がる。
彼女は苦悶の表情を浮かべ、腰を折った姿勢のまま俺の視界から消えた。
優しい水がヘルメットを叩く。
すでに首を動かすのも辛いが、見るまでもなく、誰の仕業か分かる。