今の状況は、体育館裏、と説明すれば良いのだろうか。
物体から現れたヴァンパイア達はあっと言う間に俺達を取り囲んだ。
取り囲んだだけで、襲いかかるわけでもなく、俺達をジッと見ている。
群れの中から1人のヴァンパイアが歩み出て、俺の前に立った。
囲まれた円の中央で、俺とそいつは対峙する。
「リングのド真ん中でタイマンしようってか?」
人間代表VSヴァンパイア代表をしたいなら、俺じゃなくて「モントリーヴォ少佐(ベオウルフ)」にしてもらいたい。
俺は比較的大きい部類に入る。だが、目の前でゴキゴキと首を鳴らすこいつはどうだ。
自称187センチの俺より頭1つ大きい。
俺はこのヴァンパイアをよく知っている。
LION。
奇しくも俺が端末に画像をコレクションしている、誰もが知るアイドルの1人、ViPのLION、その人だ。
彼女はトップアイドルとしてだけでなく、希代のベルセルクとしても世に名を馳せていて、格闘能力だけならベオウルフにも勝る、との噂すらある。
まさか、俺なんかに噂の真偽を確かめる機会が与えられるとは思ってもなかった。
憧れのスーパーアイドルにフリータッチできる、ファン垂涎のスペシャルイベントだ。
変身していなければ…。
"その神河リオンを普通のヴァンパイアだと思わない事ね。彼女は私の新しい能力で創った生命体…。"
そう言ったサクラの姿は変わり果てていた。
黒い翼の如く広がっていたケーブルが全て千切れてしまっているのはもちろんこと、女神の象徴とも言える豊かな金髪は艶めく濡羽色に変わり、ヒビ割れた身体はまるで壊れた磁器人形のようだ。
ドス黒い体液が亀裂から滲む。
紅色の瞳とあいまって、今のサクラは悪魔に見える。
この変わり様は、サクラの言う「新しい能力」を使用した弊害か。
彼女は言った。FRIGGと融合したことで2つの能力を手に入れた、と。
再現(リプロダクション)と創造(クリエイション)。
FRIGGが女神に与えた新しい力。
どちらもリアライズの発展形とも言える能力で、自律型生命体を創り出せる。
クリエイションは新しい生命体を創造する力。
対象はFRIGG内にリアライズされ、内部で成長させた後に放出される。ただし、Vマイクロム核は、クリエイションの「要素」に扱われるため、ヴァンパイアベースの生命体は創造できない。
リプロダクションは文字通り同一生命体を再現する力。
こちらの能力が本来のFRIGGに近い。サクラの力によって対象の思考や意志までを含めた完全体の即時再現が可能になった。Vマイクロム核をリプロダクションの「基材」にすれば、寄生状態の宿主も再現可能だが、Vマイクロムに刻まれていない宿主は再現できない。
「で?LIONは本物か?それとも偽物か?俺にとっちゃ、そこが重要なんだが?」
"…忘れてたわ。あなた、LION派だったわね。私にも分からない。記憶も、思考も、何もかもが本物と全く同じ…。だけど、偽物。…あーあ、CHICOにしておけば良かった。"
サクラは苦々しい顔を一変させてから言葉を続けた。
"それとね…。マルセロさん…、あなたの生死は気にしていないわ。屍体からでも、私はあなたを創り出せる。"
サクラは楽しそうに笑っている。
俺は今更になって女神の表情に気付いた。
今の女神は、無表情のまま涙を流していた女神と打って変わり、声色と同じように多彩な表情を見せる。
サクラは心の底から楽しかった。
彼女はマルセロに全てを語っていない。
長い時をかけて、彼女はリプロダクションを第3の能力に昇華する理論を構築した。
この第3の能力を、黄金を帯びた再現(オーリックダクション)、と彼女は呼んでいる。
リプロダクションでは通常1種類の生物しか再現できないが、オーリックダクションを使えば、再現対象がヴァンパイアである場合に限り、金毛種核を各段階に注入することで、金毛種核も一定量保持した不死身のハイブリッドヴァンパイアを産み出せる。
リプロダクションとクリエイションを合わせた能力、と言えば分かりやすいだろうか。
サクラは今回、初めて「オーリックダクション」を使った。
もちろん対象はベルセルクだ。
オーリックダクションは成功したが、FRIGGとサクラ、両方への負荷が想像以上に大きかった。
同化を果たしていない状態では、1体を創造するので精一杯。無理やり複数体再現しようものなら、間違いなく自滅する。
そのため、ベルセルク以外のヴァンパイアは、間に合わせで外見だけを再現した、サクラの意思で動く「おもちゃ」にすぎない。
もう1つ、マルセロの伝えていない事がある。
彼がまだ経験していない先の大戦において、サクラのブリュンヒルドは勝敗を決めた「最終兵器」であり、リオンのベルセルクは「最強」と呼ばれた。
すなわち、サクラが創造したのは「不死身で最強の最終兵器」。
核を消失するほどの破壊を受けない限り、FRIGGから細胞を享受した彼女は、サクラと同じく永遠に生きる。
だからこそ、「確定勝利」を高みから見物できるサクラは、この上なく楽しいのである。
「せっかくのサプライズイベントだ。存分に楽しませてもらうぜ。」
サクラの不気味な微笑みは絶対の自信の表れだ。
だからこそ、俺にかかった「呪い」が意味を持つ。
俺は、死なない。
いつかの川岸で、俺は死ななかった。
これは「その時」が過ぎ去ったはずの未来においても、呪いが生きている証拠。
俺は、HMDヘルメットを肩のホルダーから外した。
住民達を驚かせないよう、ずっと着用を控えてきたが、1日たりとも充電を欠かした事はない。
深く息を吐いてからヘルメットを被る。
久しぶりに被るヘルメットは少しすえた臭いがした。
色鮮やかなシグナルが、ヘルメットと各装備のリンク完了を知らせる。
俺は、できれば使いたくない機能をONにした。