山の民の戦士ゴーリオは、物心ついた時から力を振るう事を禁じられてきた。
原因は彼が産まれながらに宿していた、強大すぎる「力」にある。
その力を内に抑える修行ばかりを課せられ続けた、退屈な少年時代。ある日、退屈な修行をサボタージュしたゴーリオ少年は、里へ下りる山道で師に見つかってしまった。
師は怒るでもなく、静かに言った。
「お主には竜の血が流れておる。太古の昔に、この地を守り、戦った竜じゃ。」
「だが、竜の力はお主から大切なものを奪う。」
「よいか。…決してその力を使ってならぬ。決してじゃ。」
決して使ってはならない力。
師の言葉を忘れたわけではない。
ただ、使わなければ女神を護れない。
そればかりか、自身の命さえ危うい。
脆弱なマルセロを前に歴戦で養ったゴーリオの直感が、生命の危機を叫ぶ。
ゴーリオが風を、とミャタポは思った。
彼女の眼には人々の纏う「風」が見える。フィーリャも、女神も、マルセロも、全員がその身に違う風を纏っている。
風は、個々の戦闘力と言い換えれば分かりやすい。にも関わらず、圧倒的な身体能力を誇るゴーリオの周りは、不思議なことにいつも凪いでいた。
ミャタポは今まで、一度もゴーリオの風を見た事がない。今の今までは。
ミャタポの知る最強の風は、山の民の先王が纏っていた「大強風」だ。
数百年に1人しか纏えない珍しい風なのだ、と誰かが言っていたのを思い出す。
果たしてゴーリオの風はどうか。
それは、風などと言う生易しいものではなかった。
大強風の遥か上をいく。
暴風…、否。烈風…、まだ足りない。
颶風(ぐふう)…。
そう、この風は紛れもなく最強の風。
ゴーリオが纏った風は、自然ですら生み出す事が困難な領域の風。
衝撃に備えて距離を取りながらミャタポは思う、マルセロの風は弱い、と。
マルセロは姿形こそ人に近い。しかし鳥のように飛べもしなければ、魚のように泳げもしない。
山の民に近いと言えるが、彼は自然と共に生きておらず、自然を味方にする事もない。
言わばマルセロは、自分達の価値観において人ではない。
ゴーリオは彼の何に、そこまで恐れるのか。
ミャタポはフィーリャを抱きしめる腕を改めた。
"あなた達が争う必要はありません。"
一触即発のゴーリオ達を諌めたのは、他でもない、元凶のサクアモイだった。
"拳を納めてください。"
"私の、そしてあなた達の、全てをお話ししましょう。"
サクアモイの声は、柔らかく、暖かい。